遙か四

□キスをするのはあなただけ
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彼と出会ったのは私が父について英日公使館に行ったときのことだ。




ドレスを着るのはなんだか気恥ずかしく、私は着物を着て髪を結い上げたままその場にいた。けれどもそれが余計に外国の人たちの視線を集めたようで、次第に俯くように足下を見るようになった。


何度も体の前で手を重ねなおす。



居心地が悪い・・・・・・。



父は私の様子に気づく気配なく公使と楽しげに話している。


早く帰りたい・・・・・・そもそもどうして私をこの場所に連れてきたのだろう。





「…」




ため息を押し殺してふと顔を上げると、金色の髪の青年がじっと私を見つめていた。

その不意打ちに体がびくりと跳ねる。




「あ、失礼。驚かせてしまいましたか?」




「! 日本語・・・・・・お上手ですね」




柔らかな笑顔と紳士的な物腰。
何より流暢な日本語に警戒心が解れた。


すると彼もほっとしたように胸元に手を当てた。




「猛勉強しましたから。綺麗な着物ですね。あなたによく似合っている」





「そう、ですか? 嬉しいです…ありがとう」




褒められることになれていなくて、私は照れて足下を見てしまった。でもそれも失礼だったのではないかとおずおずと顔を上げる。

彼は気分を害した様子もなく、小首を傾げて私を見下ろした。




「・・・・・・? あの、私の顔、何かついていますか…?」





さっきから顔を見られてばかりで、どこかおかしなところがあるのかと頬に手を当てると彼は小さく首を横に振った。




「いいえ。顔の横に髪を残したまま結い上げるのも可愛らしいなと思っただけです。それに一本の簪だけでその量の毛束を結い上げているのも見事だな、と」



「え、と…慣れれば誰でも出来ます」



可愛らしい、と言われたのにはなんとも返しづらくはにかんで笑うと、最初に会った時に「アーネスト」と名乗った彼はすっと手袋に包まれた指を私に伸ばした。



「っ」




指がうなじをくすぐるように撫でる。




「まだ幼そうなあなたなのに、後れ毛が色気を生み出すものなのですね。この簪は抜いても?」





「え? あっ!」




制する間もなく髪からするりと簪が抜き取られた。



黒く長い髪が背中を撫でる。

それを一房手に取ると彼は毛先に唇を触れさせた。




「アーネスト殿!」




怒るように彼の名前を呼ぶと、悪びれた様子もなく彼は片目をつぶった。






「あなたの髪は見惚れるほどにとても綺麗だ」





「……っ!」




顔が一気に紅潮する。
日本人男性と明らかに違う率直な物言いに、私はどう返していいものか分からずただ恥ずかしく俯いた。

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