遙か四

□運命という名の引力5
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『今日は遅くなるから先に休んでてね』




私がここに来て初めて、夜に景時さんが出て行った。
子供でもないくせにそれがひどく心細くてなんとなく眠れなかった。

やっと眠気が訪れたその真夜中。


庭からバシャバシャと水の音がするのに気付いて目を覚ました。



「・・・・・・?」



なんだろう・・・・・・そう思って恐る恐る布団から身を起こし、庭をのぞいて・・・・・・驚いた。




「何、してるんです、景時さん・・・・・・っ」




慌てて駆け寄ってその手を止める。



景時さんは桶に汲んだ水を頭から何度も何度も被っていた。



頭から水をかぶる景時さんの目は虚ろで、何があったのかと不安になる。





「何が、あったんですか?」



そう言えば、と思う。




出て行く前の彼の様子は少しおかしかった。



そして今も彼の様子はおかしい。




窺うように見上げた私をぼんやりと見返して、景時さんはぽつりと呟いた。




「俺は、汚れてるんだよ…だから洗い流さないと…」



「止めてください! 凍えてるじゃないですか……っ!」



そろそろ秋から冬に移り変わろうという季節。

こんな時期に水を被るなんて、風邪を引きたいのか。

もう一度桶に水を汲もうとする景時さんの手を止めたけれど彼は無理やり水を汲んだ。




「ごめん。頼むから放っておいて…」



はぁ、と口から吐く息は白い。


こんな、自分の体をいじめるようなそんな行為……っ!



「……っ!」



今までたくさんたくさん景時さんに心を救ってもらった。

それなのに、私は彼の心を何も救えないのか。


そう気づいて、それがひどくショックで。



「景時さんが汚れてるっていうのなら・・・・・・私だって、汚れてます。私も汚れを落とさないと」




「名無しさんちゃん!? 何を…!」



景時さんの手から桶を奪って頭から水を被る。

寒さで歯が合わずがちがちするけれど、躊躇わず何度も水を汲み頭から被る。



「止めるんだ!」



荒々しく私の手を止めた景時さんを震える体で見上げ・・・・・・気づけば涙が零れ落ちていた。

口から小さく吐き出す息が白い。


寒い。


冷たい。




「・・・・・・」


景時さんも私を見つめ無言のときが流れる。




・・・・・・そして気づけば互いに引き寄せられるように抱き合い、口づけを交わしていた。








景時さんの性格からは考えられない、労わるわけでも優しくもない口づけ。


でもそれでも私は満足だった。




気持ち悪いなんて欠片も思わなかった。ただ、嬉しいと。






嬉しい。



この人に触れてもらえて、嬉しい。





その満足感が胸を満たしていた。





互いに求め合ったのか。


互いの存在を求め合ったのか。









そのままもつれるように、互いの熱を分け合うように邸にあがり布団に転がり込んだ。




いいの?とも聞かれなかったし、大丈夫とも言わなかった。


ただ互いの反応を探り、縋るように熱を求め、体を重ねる。





決して丁寧な行為ではなかったのに……心は、満たされていた。

2013/01/29
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