遙か四

□珍しく素直に
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「名無しさんはかわいいな」


突然の慶君の言葉に僕は片眉を跳ね上げて彼を見た。


「突然だね。どうかしたの?」


「大した理由はない。昨日茶菓子を与えたらひどく喜んでな。茶菓子であれほど喜ぶなら装飾品を渡せばどれほど喜ぶのかと思っただけだ」



挑発するようにこちらを見てくる慶君が憎たらしい。

自分の表情がむっとするのを感じつつ、僕は「ああ、そう」と返した。でも平静を装ってるつもりが全然装えてない。苛立ちを胸に抱えたまま、道で拾って引き取った娘の姿を思い出す。

最初はひどく不安定でおどおどしていたのに、自分の姿に驚いて表情を明るくさせた名無しさん。

一目惚れ、なんて僕は絶対にしないと思っていたのに。



(調子が狂うな…)


こんなこと今までなかった。

慶君が彼女を僕の妹だと言いだしたときはむっとしたものの、そんな自制の策はそんなことは無意味だと知らしめるように惹かれていく心。

慶君の言葉に、装飾品をもらった時の彼女の驚き、嬉しげに変わっていく顔が思い起こされて僕は胸がうずくのを感じた。



自分ですらままならない、独占欲が頭をもたげる。
他のやつに贈り物をされて喜ぶ姿を見るより前に自分の手で喜ばせてやりたいと。

いまいち素直に彼女に優しく出来ないのは、慶君や他の八葉たちが彼女に笑みを向け彼女もまた笑みで返すからだ。



(僕以外を見ないで…僕だけを見ていて)



そんな醜い嫉妬が自分を包み込む。
彼女を壊してしまってはいけないとわかっているからまだ自制が効いている。
けれどその自制が一度外れたら・・・・・・想像にかたくない。


「何か考えないとな…」

彼女を傷つけずに、手に入れたい。
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