遙か四
□優しい夫
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こんこん、と咳をして横を向くと背中をさする手があって私はその主を見ようと身をよじった。
月明かりに照らされた銀色の髪。
この平家の屋敷にその髪の色を持つ者は二人いるけれど、見間違うはずもない。それは私の夫だった。
「知盛様・・・・・・ついてくれていたのですか?」
驚いてそう尋ねると甲斐甲斐しく水差しを口元に押し当ててくれた知盛様が眉を潜めた。
「妻を心配することに・・・・・・何か、不都合でも・・・・・・?」
「いえ・・・・・・でも、うつってしまいます」
水はもう十分だ、と手で示し離れようとした私を腕の中に抱きこみ知盛様が隣にごろりと寝ころんだ。
「い、いけません。知盛様・・・っ」
「大丈夫だ・・・・・・心配せずとも・・・・・・俺に、風邪はうつらんさ・・・・・・」
「でも…」
「もし、俺が風邪を引いても・・・・・・面倒を…見てくれるんだろう・・・・・・?」
甘えるように私の頬を指でくすぐって。
気だるげなその声に、もう何を言っても無駄かと体の力を抜く。
熱があるはずなのに寒気を覚える体が彼の体温に喜んでいるのは事実だったから余計に。
「もう、休め・・・・・・」
体温を分け与えるかのごとく私を抱き締めそっと目を閉じたその端正な顔を間近で見つめ、私も目を閉じた。
2013/01/25