乙女ゲーム夢4
□いと愛ほし
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歩いて歩いて歩いて歩いて。
身代わりを置いてきたから当分は大丈夫だろうと思う。
女の足で進める距離は大したことがなかったけれど里を逃げ出した。
だって最後通牒を千景さんに言い渡されるまでそのままでいるだなんてできなかった。
逃げ出して駆けこんだあばら家で身を縮めて朝を待つ。
・・・・・・夜が明けたらどこへ行こう。
行くあてなどないけれど、ここで死んでしまえたらいいとは思うけれど、ならずものに斬られることも野犬に襲われることも怖くてならなかった。
がさがさと聞こえる葉擦れの音にいちいちびくびくと肩を震わせて・・・・・・私は膝に頭を押し付けた。
たった一人、箱入りだった娘が・・・・・・人ではない娘がどう生きて行こうというのだろうか。
自分に呆れ、それでも千景さんを思い出すと切なく、私はにじむ涙をぬぐった。
その時。
明らかに何か大きなものがこのあばら家に近づいてくるのがわかって、私ははっと顔を上げた。
野犬?
それとも熊?
それとも・・・・・・人?
そのどれもが恐ろしく、かたかたと震えながら入り口を凝視する。
音は少しずつ少しずつ近づいてきていた。
がたん!
「きゃあ!」
勢いよく開かれた入り口に悲鳴を上げた。
でもそこに立つ長身の男に目を見開いて。
「・・・・・・千景、さん?」
「無事、だったか・・・」
幾分安堵したようにため息をつくその髪は夜露と汗でぬれていた。
顔にはりつく髪をうっとうしそうに払って、千景さんは私へと近づいて・・・・・・私の前に膝をついた。
確かめるように頬に触れた指先は温かい。
熱を持ったその指と、汗をにじませた顔にどれほど必死にここまで来たのかを悟って胸が苦しくなった。
「どう、して・・・」
「それはこちらの台詞だ。何故、抜け出した? ・・・・・・俺に何の真実も問いかけず」
「……っ」
赤い目が静かに私を見据える。
ひたと私を見たその目に、その言葉に、彼がすべてを知っているのだと分かって私は頭を振った。
「・・・・・・位の高い女鬼を見つけ、通っていると聞きました。私はもうご不要でしょう」
「俺が不要だと一言でも発したか?」
「・・・・・・いえ」
「俺に一言でも不要かと聞いたか?」
「・・・・・・いえ」
小さく首を横に振る私に、千景さんは静かな表情を向けた。
「血をとるか、心をとるか、迷わなかったと言えば嘘になる」
「・・・・・・」
「だが、あの女鬼を嫁に迎えお前を妾にするかと考えて、無理だと思った。お前を二番目になど俺が許せん。お前を嫁に迎えあの女鬼を妾にするかと考えて、無理だと思った。お前が悲しむ」
さっきの恐怖が抜けず震える指先を絡め取られ、そっと引き寄せられた。
背に手を回して抱き寄せられて千景さんの体温を感じて・・・・・・ようやく安堵する。
心はとても静かに彼の言葉を聞いていた。
「・・・・・・結局俺には、あの女鬼よりもお前を選ぶことが自然で当たり前のことだった」
その言葉に、堪えていた涙がぽろぽろと頬を伝い落ちた。
「不服か?」
「いいえ・・・・・・いいえ……っ!」
ふるふると頭を振った私を強く抱きしめ、千景さんが困ったような声で続けた。
「ならばこれから先、俺に何も尋ねず早とちりで里を抜け出すのはよせ。・・・・・・いくら俺でも肝が冷える」
(いと愛ほし)
2013/02/24