乙女ゲーム夢4

□ループの末に
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「・・・・・・名無し」



廊下でかけられたその声にぱっと振り向いた。



「斎藤くん!」


傍からはそうでもないだろうけれど、自分ではそれとわかるくらいには声が弾んで聞こえた。

知らずに上気する頬を持て余していると、斎藤くんは私の後ろを誰かを探す様に見やった。

その様子に、ほんの少し切ない思いがこみ上げて、私は慌ててその気持ちを隠して微笑んだ。



「千鶴ならもう帰っちゃいました」


「あ……そうか」



こく、と頷きながらも残念そうに視線を落とした斎藤くんに胸がしめつけられたみたいになった。




この人は・・・・・・私が好きなこの人は、千鶴のことが好きだ。

そして千鶴は土方先生を。


この、ままならない感じがひどく切ない。



もし千鶴の恋心が叶えば斎藤くんは失恋してしまう。

かといってその時に私が告白してもこの人は頷きはしないだろう、そういう人だから。

私は自分の恋心が実らなかったとしても斎藤くんに幸せになってほしい。

そうしたら千鶴が斎藤くんを好きになるのが一番なんだけど……そう簡単にもいかないんだろうな。




ふぅ、と息をつくと斎藤くんが私の顔を下から覗きこんできて息が止まりそうになった。




「っ」



「どうした? 具合でも悪いのか…?」


気遣うような声音と視線に胸をどきどきさせていると、大きな手のひらで額を覆われた。


「・・・・・・少し熱いな。熱があるのか」


「い、いいえ! そんな大したことはありませんっ! 熱とか、ほんと……っ!」


慌てて頭を振っていると背後から頭をぽんと叩かれた。


「おう、斎藤。こいつ借りてくぞ」


「土方先生」



「え!?」



焦りと驚きとがないまぜになったまま振り向くと土方先生が疲れた顔で立っていた。


「よう、教科委員。本棚の整理をちょっくら頼まれてくれ」



「え、えぇー・・・・・・」



そんなぁ、と思う。

せっかく斎藤くんと話が出来ていたのに。


後ろ髪を引かれる想いで頷こうとしたら、斎藤くんが言いづらそうに口を開いた。



「土方先生。ですが名無しは体調が…」


「体調?」


「い、いいえ! まったくもって元気いっぱいですので大丈夫ですっ」



さっきの話を蒸し返されたらたまらないよ! 
斎藤くん見て真っ赤になってたなんて言えないし……っ!


慌ててぱたぱたと手をふると、斎藤くんはしぶしぶながら引き下がってくれた。彼は彼で風紀委員の仕事が忙しいらしい。



「じゃ、行くか」


「はぁい」


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