乙女ゲーム夢
□ずっとずっと・前
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「……姫様、すこしよろしいでしょうか?」
「名無しさん様は伏せっている。話なら、私が聞きましょう」
「? い、いよ。なに?」
女中さんが困ったように手に持ったものを私に差し出した。
「必ず姫様に渡すようにと、言われてきたのです……それではこれで」
さっと渡すと、女中さんは足早に部屋を去った。
「私が」
「ううん、いい」
さっとそれを取り上げようとする九寿より先に私はそれを手に取った。
文? それも二通。
「名無しさん様、体に触ります」
「大丈夫」
そう言って文を読んでいくと、そこに書いてあったのは信じられないことだった。
「九寿……」
「なんでしょうか」
すこし苦々しそうにしていた九寿は、この文がなんなのかわかっていたのかもしれない。
「……いままでずっと、私の縁談を断り続けてるってほんとなの?」
文は私の面倒を見てくれている鬼の父様からのもので、内容は私の縁談に関してだった。直接私に言うより先に私の様子を探ろうと九寿にうかがいを立てたら、まだ早すぎるとすべての縁談を持ってくるたびに断っているのだそうな。焦れた父様が直接私のところに文を向けた、ということだった。そしてもう一通の文は縁談相手からの恋文だそうで。
「……貸してください」
問答無用で九寿は私の手からそのもう一通の文をもぎ取ると、
さっと中に目を通して……
「あ!」
……びりびりと細かく破ってしまった。
「……ひどい。私への文だったのに」
しかも恋文なんてはじめてもらったものなのに……。べつに相手のことが気になるわけじゃないけどさ。
「……嫁に行きたいのですか」
「べつに行きたいわけじゃないよ」
行きたいわけじゃない。だって私が好きなのは……九寿だから。でも自分でもわかっていた。自分が年頃の女で、姫という立場をもらっていて、そして人間だということを。……ずっと一人身でいることはできないんだ。
「……でも九寿はさ、はやく私に嫁に行ってほしいんじゃないの?」
「なんですって?」
心底からおどろいた顔で見られて、私の方があれっと思ってしまった。
「だって……もうお守りしなくてよくなるんだよ?」
「……私はお守りだなんて思ったことは一度もありませんよ」
ふ、っと九寿の顔がゆるんだ。
「え……」
はじめて見たかもしれない、そんな顔……私は驚いたけど、同時に肺の奥からこみあげる咳をこぼしてしまった。
「こほ……っ」
「! まだ寝ていなさい。治ったわけじゃないんですから」
やさしく寝かしつけられて、私は布団に戻った。
「……九寿」
「なんですか?」
「……ううん」
好き。
そう言えたらどんなにいいんだろう?
でも、側にいてくれる。
その状況がうれしくて、幸せで、私はゆるんだ頬で九寿の顔を見上げた。
「なんで、私の縁談断ってたの?」
「……まだ早いでしょう。あなたは16だ」
「……この年で結婚なんて普通じゃない? もっとはやい人もいるよ?」
「……なるほど。あなたはどうしても嫁に行きたいと、そういうことですか」
「そんなこと言ってない……」
「……いいんですよ。急がなくても」
さらり、と前髪をなでつけるように触れる手のやさしさにすこしカン違いしそうになって、その気持ちをごまかすように目を閉じた。
できることなら、あなたの隣で――――。
2010/03/03