乙女ゲーム夢

□ゆきさんと花屋さん5
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はたしてゆきさんの姿は見えなかった。
しかし声は聞こえる。
しかも二人分。

「し、社長って!?」
「あ〜あ……ばれちゃった……」
「ばれちゃったじゃないですよ、結城さん!!っていうか、もう出れますよね?」
「ええ〜……俺としてはずっとこのままでもいいんだけど?」
「もう!馬鹿なこと言ってないで下さいってば!!!」
「うわ、そんなに押したら……!!」
「きゃあ!」


目の前で、ロッカーから二人が転がり出てきた。

はるかさんがゆきさんの上に馬乗りになって。

私は目を見開いた。

……頭ががんがんする。

頭痛も寒気もだるさも吐き気もひどくなって、こんなに自分はうぶだったろうか、と頭の片隅で思った。

「うわ、名無しさんちゃん?!」
「え、名無しさんちゃん!?」

二人が同時にこちらを向く。

最悪。

「ええと、」

頭が正しく働かない。

頬を染める二人にますます混乱する。

こんな時はどうやって対処したらいいのか。……誰か教えてくれないか?

「……ゆきさん、今日のバイトは休ませて下さい。お邪魔しました」

ぺこりと頭を下げる。

ちゃんと笑えているだろうか。

「ちょ、名無しさんちゃん?!」

慌てたようなゆきさんの声と二人が転がる悲鳴がした。


私は踵を返して歩き出した。


こんなときに笑うということがおかしいということすら分からなかった。

ただ自分に言い聞かせる。


大丈夫。


誰も追ってこないから。


それは、とても悲しいことではあるけれど。

走る気力さえ、なかったのだ。
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