乙女ゲーム夢
□ゆきさんと花屋さん
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「閉店しようか、名無しさんちゃん。もうお客さん、来なさそうだし」
「分かりました」
にこっと笑って促すゆきさんに一つうなずく。
「さあ、店じまい店じまい」
歌うように言ってシャッターを閉めに行こうとするゆきさんが喉の奥で小さく声を上げた。
……これは、私がこの店で働きだしてから毎回のように聞いている声、見ている光景。
外を通る女の人。
OLだろう。スーツを着て、夜目にも可愛らしい感じの顔立ち。少し疲れたように歩いている。一部の隙もないやり手のOLと言った感じではない。……新入社員か部署移動したばかりの人だろうか。とはいっても会社勤めもしたことがなくバイトもこれが何回か目な私が見たことだから分からないのだが。
彼女に目を奪われたかのように微動だにしなくなる。
ゆきさんの好みはあんな人か。
素直そうな、優しそうな可愛らしい人。
……私とは、大違い。
ゆきさんがじっとその人を見ている間、いつも私は掃除道具を取りにバックに入る。
……ゆきさんの邪魔は、したくなかった。
今日もまた、ゆきさんに背を向けようとしたのに。
「ね、ね、裕美ちゃん。あの子、店に花買いに来ないかな?」
「……」
「一度喋ってみたいなあ、なんて……」
うっすら頬を染める。ゆきさんも存外可愛らしい。
「……癒しが欲しくなって、寄ってくれるんじゃないですか?見たところ、独身みたいだし」
「……だといいなあ」
それはどちらのことに対する願望なのだろうか。そしてゆきさんはさほど私の返答を求めていなかった。と、答えてから気づく。ばつが悪い。しかし。
「うん!なんか元気出たよ!!ありがとう、裕美ちゃん」
花開くような笑顔。
ああ、貴方は気遣いのできる優しい人だから。
「いいえ」
知らず頬が緩んだ。
あなたのお礼一つで、気持ちが軽くなる。