遙か夢参

□恋のはじまり
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兄様は、ゆきと恋仲になってからずいぶん変わってしまった。


その変化をいいか悪いかで言えばいいのだろうけれど、でも……。





「ゆきくん。待たせたね」





車から降りる兄様に続いて私も降りた。

すると家からゆきと瞬が出てきた。



「桐生くん。私は君を呼んだつもりはないんだが」



む、とした兄様にゆきがにこりと笑いかけた。



「瞬兄は今から本屋さんに行くみたいなんです。それで一緒に」




「そうなの」



微かに不満そうに、それでもゆきの言葉だと表情を緩ませる兄様に胸がぎゅっとなる。




私だけが、時間を止めてしまって前に進めないでいるんだ。




兄様は、大切な人を見つけたのに、私は・・・・・・。




「小松さん。彼女を借りても?」



「え?」



ぱっと手を引かれて肩を抱かれた。

瞬のその行動に驚いていると、兄様は不満げな顔を隠そうとせず「何故」と問いかけた。




「前に、読みたい本があると言っていただろう?」


瞬の静かな目が私を見下ろした。


その目に、頭の中がくるくる回転する。



多少兄様の機嫌を悪くしても瞬についていくか、気まずいのが分かったうえで兄様たちと一緒に行くか。



答えはすぐに出た。





「・・・・・・うん。兄様、瞬と一緒に本屋さんに行きたい」



「・・・・・・本屋なら私でも一緒に行けるでしょ。別に瞬でなくても」



「兄様、非合理的だよ。瞬が本屋に行くって言ってるんだから一緒に行けばいいだけの話じゃない」



すぱっと斬ると兄様は不満そうな顔をしながらもゆきを助手席に乗せて出かけていった。
それを見送ってやっと息がつける。




「助かった。瞬」



「別に助けたつもりもない。行くぞ」




瞬に連れられて、歩き出す。
さりげなく瞬が車道側を歩いてくれているのがわかって、私は頬を緩めた。




「―――優しいな。ゆきにだけしか優しくない人だと思ってた」



包まずにそう伝えると瞬が片眉をはねあげた。




「優しくはない。お前だからだ」



「え?」




意味がとらえきれなくてきょとんとすると、瞬がすっと私の手を取った。



「!?」




「そこ、段差があるぞ。転ぶなよ」




「こ、子供じゃあるまいしっ」



「似たようなものだろう」



軽く返されて羞恥で顔が赤くなる。

でもそれは、不快な感情ではなかった。




「・・・・・・瞬」



「なんだ?」



「本屋の後に、カフェに行きたい。キャラメルラテが飲みたい」



「わかった」



「あとケーキも」



「ああ」




頷いてくれる瞬に、私はくしゃりと顔がゆがむのを感じた。




―――優しい人。




きっと、私の寂しい気持ちもわかったうえで付き合ってくれている。





「・・・・・・お人好しだな」




「何度も言うが、お前だからだ」




2012/9/22

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