遙か夢参

□その身を犠牲にしても
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まさか、この世界に来れるだなんて思わなかったの。








「いやぁ、いい天気だね!」




「はい、絶好の洗濯日和ですね!」


さんさんと降り注ぐ太陽の光に真っ青な空にふわふわと雲が浮かぶぽかぽか陽気。




笑みを交わしあって洗濯物を広げる。最近は目立った戦いもなく、毎日洗濯できているものだから洗濯物の量も少ない。とはいっても大人数なのだから少々多めだけど。






「はい、景時さん」



「ありがとう」




広げて少し伸ばした衣服を上げ時に渡して竿に掛けてもらう。


その一連の動きは私がこの京に飛ばされてきてからずっと続いているもので、お互いにそれが当たり前であった。



そして私はその瞬間だけは景時さんを独り占め出来ているような、あるいは新婚の夫婦のような気恥かしさを一人味わっていたのだ。






―――傍観者でいようと思っていたのに。




無理だった。



近くにいて、その優しさに触れて、時折その弱さに触れさせてもらえる距離は、情が移るのに十分な近さで。




――――この気持ちを伝えるつもりはないけれど。



だって、私はこの世界で明らかに異分子なんだもの。










「あぁ、最近って本当に平和だよねぇ〜」




「ほんとですよね、九郎さんは少し不満そうですけど」




くすりと笑って付け足す言葉に、景時さんはその長身でもってしていともたやすく洗濯物を干しながら苦笑いをした。




「九郎はじりじりしてるみたいだけどね、今のこう着状態に……」




「……でも私は今のまま争いなく終わってほしいです」




そんなの無理だとは重々承知しているけれども。


争いについてくる犠牲が怖くて仕方がない。



誰も傷つかない方法がどうしてないのだろうか。




「名無しさんちゃん……」




景時さんが何をか言わんと口を開きかけた。が。




「景時さぁ〜ん!」




遠くから響いてくるその声は。




「あ、あれ望美ちゃんかな?」



「みたいですね」




ああ、見てしまった。



彼の顔に一瞬浮かんだ喜色を。



手元の洗濯物の残りを見る。……一人で干せない量ではない。



景時さんをこの場から解放することが出来る。




洗濯物がまだ多く残っていたら彼は絶対に気を使ってこの場から離れようとしないから。





「探してるみたいですね、望美ちゃん。行ってきていいですよ」


「え、でも」


「だってもう洗濯物ってこれぐらいですしね。一人で大丈夫です」


にこりと笑う。



景時さんは少しの間逡巡して頬をかいた。そして照れたように笑む。




「……ありがとう、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」




ちくり、と胸が痛む。







でも。






「はい、じゃあ」




「また後でね」




その笑顔が曇るくらいなら、私はあなたが笑っている方がいいんです。



私が痛いくらいで済むのなら。




私は景時さんが好きだよ。






でも景時さんを救えるのは私じゃ、ない。




「ぁぁぁぁあ……もう、ばか……」




「本当にな、なんで背中押してんだよ」




「ぎゃああ!」





「色気のねえ声だな。もっとかわいく叫べねぇのかよ」



「……将臣にだけはそれ言われたくない」



 自分がいい顔してるからって失礼な!



「……いいなぁ、望美ちゃんになりたいよぅ」


「もれなく主夫もついてくるぜ?」


「主夫? 譲くん?」


「ああ」


「……将臣」



「ん? どうした」



 ふ、と笑って振り向くのはずるい。思わず顔を赤くしたのをごまかすように私は笑った。




「なんでもない」
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