遙か夢参
□花盗人
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酔いを覚ますため、と徒歩で屋敷に戻る途中のことだった。
神泉苑にふと足を踏み入れ、私は花の香に誘われるように歩を進めた。
すっきりと結い上げていた髪をぱさりと降ろして、花の香をたどい・・・・・・橘の木の下に横たわる少女を見つけた。
「―――」
月の光に照らされた無垢な存在。
さくさくと土を踏む足音にぴくりとも動かずその瞳は閉じたまま。
「おやおや・・・・・・花の精がこんなところで何をしているのだろうね?」
そうつぶやいても彼女は目を閉じたままだ。
その体を腕に抱くと、温かい。
生きているのだ、と確認して頭上を見上げる。
「・・・・・・季節外れの花が咲いている」
白い小さな花が満開で、今はまだ春なのにと思う。
「・・・・・・粋だな。こんな夜に木の下で少女を拾うなんてね」
背中と膝の裏に手を差し入れて抱き上げる。
その間も身じろぎすらせず彼女は眠り続けていた。
『違った』
―――何?
『そなたではなかった』
―――何が?
『波長が似ていた・・・・・・そなたは違う・・・・・・』
――――私は?
『白龍の神子ではない・・・・・・戻すことも出来ず、役割もない、娘』
――――戻す? 役割がない? ……何の話だろう?
『・・・・・・白龍の神子は、そなたではなかった』
「・・・・・・はく、りゅ、みこ・・・・・・」
ぼんやりとした視界の中でそれだけを呟くと、額に大きなてのひらが当てられた。
「目が覚めたかい?」
「っ」
はっとして視線をめぐらせると、艶やかな笑みを浮かべた男の人がいた。
見知らぬその人と距離の近さに体が引けた。床に背中を押し付け、それでは意味がないとすぐさま起き上がろうと身を起こした私の額を押さえつけて、その人はうっすらと微笑んだ。
「寝ていなさい。ここは橘家の屋敷だ。私は橘友雅」
「・・・・・・たちばな、け・・・・・・」
艶やかな声と優しげな笑みに私はぱちぱちと瞬いた。
(あなたとの出会い)