遙か夢参
□不器用な人
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庭に立って月を見上げているその背中を見つけて、私はその背中に声をかけた。
「泰衡さん」
ぴくり、と背中が動いたけどこちらは振り向かない。
でも、今はその方が緊張しなくていい。
「あの、迷惑かもしれないんですけど、聞いてほしいことがあるんです」
大きなその背中に、ときめく。
艶やかなその髪に、心が騒ぐ。
―――「好き」って口にしたら・・・・・・どうして軽薄な言葉になるのかな。
「私、ずっと・・・・・・泰衡さんのことが好きだったんです」
月明かりに照らされたその背中が、緊張を帯びた。
待って。
まだこっちを向かないで。
いま、すごくひどい顔をしていると思うから。
「ずっと…怖い顔をしていても、優しい泰衡さんが、好きだったんです。
嫌われてるってわかってるけど、もうすぐ元の世界に帰ってしまうから気持ちだけでも・・・・・・って。自分勝手で、ごめんなさい。
あの、この世界にいる間は、嫌いな私とも顔を合わせなくちゃいけないけど……よろしく、お願いしますね」
声、震えないで。
あと、もう少しだから。
「聞いてくれて、ありがとうございました」
私の言葉を黙って受け止めてくれたその背中をじっと見つめ、私は踵を返した。
いつもより少しだけ足早に部屋に戻る道を歩いたけれど。
「―――待てっ」
彼に似合わない、焦った声で。
そう言ったかと思えば私は後ろから抱きしめられていた。
――――な、んで・・・・・・?
見た目に反して筋肉質で力強い腕がお腹と肩に回されて、体が密着する。
すっぽりと私の体を覆うその体に顔が熱を持った。
ドキドキ大きくなっている心臓に、ぎゅっと目を閉じる。
――――こんな・・・・・・心臓の音、聞こえちゃう……っ!
何より、どうしてこんな風に抱きしめられているかがわからなくて、体を固めていると、かすれた声が耳元で言葉を紡いだ。
「嫌っているわけでは、ない・・・・・・むしろ、私はお前に好意を持っている」
「ぇ……」
「お前と同じ気持ちだ・・・・・・神子と共に帰るのではなく、ずっとここにいろ・・・・・・私の隣にいろ」
熱のこもった声が耳をくすぐる。
腕にさらに力がこもって、痛いくらいに抱きしめられるのが心地いい。
男の人に、泰衡さんに、抱きしめられてる・・・・・・。
「お前と目を合わせることが照れ臭く、不自然に避けてしまって、すまなかった・・・・・・」
「泰衡さん・・・・・・本当、ですか……?」
震える手で私を抱き締める腕に手を添えると、耳や頬を柔らかな弾力が滑った。
それが泰衡さんの唇だと認識してさらに頬が熱を持つ。
そして・・・・・・耳に直接囁きかけるように、一番欲しかった言葉が囁かれた。
「・・・・・お前が好きだ」
(不器用な愛情)
2012/9/15