遙か夢参

□へたれわんこ
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キスどころか手を繋ぐことすらしてくれない。



そんなに私には魅力がないのかああそうか、なんてやけっぱちな心情になりながら部屋でふてくされていると、遠慮がちな声が聞こえた。



「名無しさんちゃん・・・・・・今、いいかな?」


「…どーぞっ」


険険していると分かりながらもそう促すと桜智さんがおずおずと部屋の中に入ってきた。


「なに?」


「・・・・・・名無しさんちゃんが、怒っているから……様子を見に行ってやれって」




「龍馬さんが?」



「? いや…ゆきちゃんが」


「……」



きっと、たぶん、桜智さんはその返答で私がどう思うかなんて考えてない。
わからないだろう。


ただどうしてもみじめで、切なくて、ぐっと唇を噛みしめる。



「桜智さん」



「なんだい…?」


「…キスして。接吻して」



「え……っ!」


桜智さんの顔が真っ赤になって戸惑いの色を宿す。
それを見ながら私は心の中で叫ぶ。







―――お願いだから。






これを、拒否しないで。





「名無しさんちゃん、あの……」



その声のトーンに、私は自分の涙腺が決壊するのを感じた。




「……っ、馬鹿!」



「あ……どう、したの・・・・・・なんで、泣いて・・・・・・?」



「ばかばかばか桜智さんのバカ! なんで、なんでわかってくれないの……っ!」



どれほど、その言葉を言うのに、私が勇気を振り絞ったか。




戸惑う桜智さんの体を何度か叩いて、ぼろぼろ流れる涙をそのままに嗚咽を堪える。




流れる涙が、余計に私をみじめにする。




「・・・・・・もういい」



「名無しさんちゃん?」



「もういい! 桜智さんが私に何もしてくれないならいい! 私他の人のところに行く! 桜智さんもゆきちゃんのとこ行ったらいいじゃない! ゆきちゃんの方が好きなんでしょ!?」



「っ! 名無しさんちゃ・・・・・・それはちが……っ!」


「もういいから!」



ばっと立ち上がって襖の方に向かう。
これ以上ここにいたくない。



「待つんだ!」



初めて、桜智さんの怒鳴り声を聞いた。


それと同時に荒々しく腕を掴まれ完全に桜智さんの方を向く前に唇が重ねられる。

隙間なくぴったりと重ねられた唇に驚き思わず腰が引けた。でもその腰をぐっと抱きかかえて桜智さんが上から覆いかぶさるようにして深いキスをしかけてきた。




「ふ、ふぅ、ん、んぅ……っ!」


「ん、んちゅ……」


合わさった唇が、絡み合った舌が、ちゅくちゅくと音を立てて耳を犯す。


照れて何も手を出せなかった人とは思えないほどに激しくて濃厚なキスにくらくらした。


歯列をなぞられ、柔らかいところに舌を這わしたかと思えば吸い上げられて噛みつかれる。


腰がぞくぞくと疼いて、私はぐっと桜智さんの服を掴んだ。

でもすぐにその手からさえ力が抜けて足からも力が抜けた。



「は、ふ……っ!」


かくん、と崩れ落ちかけた私を桜智さんが支えて抱きしめてくれた。



「・・・・・・ごめんね、名無しさんちゃん・・・・・・不安にさせていたなんて、気づかなかったんだ……」


耳に囁かれる切ない低い声を荒い息を整えながら聞く。



「私は……君を大切したくて、でも触れていいのか自信が、なくて……君よりゆきちゃんを好きだなんて、そんなことはないよ。それは、断言する・・・・・・だから」



ぎゅううっと余裕なく抱きしめられる。



「…他の人のところに行くなんて、言わないで・・・・・・もういい、なんて終わりにしないで」



耳元で囁かれる「愛してる」と「置いて行かないで」の言葉に、愛されていると感じて。

今度からはちゃんと不満があれば面と向かって言おうと心に決めた。













――――


「名無しさんちゃん・・・・・・?」


「…桜智さんのキス、エロい・・・・・・」



「あの、意味は……」


「知らなくていいから……」


「・・・・・・うん?」


「…(経験値だけは異様に高いって忘れてた)」








(へたれわんこの強襲)

2012/8/30
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