乙女ゲーム夢3
□貴方を欲し、貴方を選ぶ
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【1】
「おら、握り飯でわりぃな。食っとけ」
「……ありがとうございます」
人のいい笑顔で握り飯を差し出すその人は……原田さんだった。本来ならゲームの中の人。
「……おいしい」
「そうか」
口にしたおにぎりはなんだか懐かしい味がして、ここが……私の知ってる世界ではなくって夢でもないんだとわかってしまった。
「お前、なんだって人の家の前で行き倒れてたんだ?」
「え……行き倒れ?」
「ああ」
心底不思議そうに聞かれて私も首をかしげた。
私にだってわからないから、どう答えていいのかわからない。
というか……。
ちらりと家の中を見回すと、小さな家なんだとわかった。もしかすると借家なのかもしれない。……新選組の屯所じゃない?
「あの……私、よく覚えていないんです」
「覚えてない?」
「……私の名前は名無しさんといいます。でも……生まれも育ちもどこなのかはわからない……どうして、はら……あなたの家の前で行き倒れていたのか、わかりません……ただ、もうどこにも帰る場所がないことは……わかります」
そう言う以外に言葉がなくて、私はちらりと彼を見上げた。
むっと眉間のしわを寄せて何かを考えこんでる。
「……」
「あー……俺は、原田左之助ってもんだ」
「原田、さん」
「ああ」
「……あなたは、どこかの藩に所属しているんですか?」
「……いや」
さらにぐっと寄せられた眉間のしわ、低くなった声、短い返事。
それだけで彼のおかれた状況が見えた気がした。
……脱藩した直後かもしれない。だとすると、試衛館に入る前……。
どうしよう……。
私はどうしてこんなところに来てしまったんだろう? そりゃあ原田さんも薄桜鬼もけっこう好きだけど、こうしてトリップするほど好きか聞かれたらそんなことはなかったはずなのに。
最後の一口を飲みこみながら自分がどうするべきなのか考えた。
でもいい考えは浮かばない。だって原田さんがここに置いてくれるわけはないし、新選組がまだ成立してないなら私の持っている知識なんて全然役に立たない。
「あのよ……」
「っ!」
自分の思考に入りこんでいて、この人が目の前にいることを忘れかけていた。
「な、なんでしょう?」
「わりぃな、お前行くところがないって話だが……誰かいい人紹介できたか考えてたんだが、今んとこ安心して任せられそうなとこ考えつかねぇ」
「あ……」
ずっと黙ってたのは私を預ける場所を考えてくれてたから?
「俺んちは男の一人住まいだからなあ……ここに住まわせるわけにゃいかねぇし……」
……この人、ほんとに優しいんだな。
心底困った顔で考えてくれる原田さんに、これ以上の迷惑をかけちゃいけない。最初に会えたのが彼だっただけでも幸運なんだ。
これからのことは自分でどうにかしなきゃ。……どれほど心細くても。
私はぺこりと頭を下げた。
「行き倒れていたところを看病してくださって、どうもありがとうございました」
「お? お、おお。それはまあいいんだが」
「……では私はこれで失礼します。お世話になったお礼が何も出来なくってすみません」
「は? ま、待て待て待て待て! 失礼するって……行く当てねえんだろ?」
「はい。とりあえず住みながら働ける場所を探します」
「住みながらって……ここはそんなに治安よくねえんだぞ?」
「……なんとかなりますよ」
「……」
「では、失礼します。本当に、ありがとうございまし……」
「待てって」
立ちあがろうとしたところを遮られて、原田さんは「これも人助けか」とため息と一緒に呟いた。
「あの……?」
「ここでよければ住めよ」
「え?」
目をぱちくりさせて原田さんを見ると彼はバツが悪そうに頭をかいた。
「べ、別に変な下心があるわけじゃねえからな? 名無しさんが嫌じゃないなら、ここに住めばいい」
その一言に、自分でも知らないうちにすごくほっとした。
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