その他夢2
□その心偽りなく
2ページ/12ページ
「……」
「……」
せっせとお茶を入れているその女性に王の忠臣である絳攸と楸瑛は微妙な顔をした。
つい最近まで秀麗にしか興味がなかった王が、無理やりとはいえ妻を娶らされその女性を傍らに置いている。
「あー……名無しさん様」
「はい」
楸瑛に名前を呼ばれ名無しさんは顔を上げた。
「貴方は、いつから主上の貴妃になったのでしょう?」
もっともな疑問に名無しさんはにこりと微笑んだ。
「昨日からです、藍将軍。あまり身分が高くないので、大っぴらに嫁いだわけではないのですが、そろそろ噂されている頃かと」
「……」
「……」
「そのせいで彼女が嫁ぐ前に阻止することが出来なかったのだ。知った時にはタヌキジジイに根回しを済まされていた」
むぅ、とした顔ではあるが劉輝がそれほど不機嫌でなさそうだと知って、楸瑛も絳攸も少し驚いた。秀麗秀麗とバカの一つ覚えだった主上が彼女の存在を受け入れているようだ。
「だが名無しさんは私に寵愛されなくてもいいと言ってくれた」
「は?」
思わず、といったように声を出した楸瑛をよそに、劉輝は立ち上がった。
「少し府庫に行ってくる。潔ツにしっかりと釘を刺しておかねば秀麗が誤解してしまう」
うきうきと部屋を出ていく王を、二人の忠臣は呆気にとられすぎて止めることが出来なかった。
ゆえに問いただすのは目の前にいる女性になる。
「……名無しさん様」
「はい」
「……主上は、あなたになんとおっしゃったのでしょう?」
「秀麗様以外を妻にする気はない、と。私を追い返すことも出来ないからここにいてもいいけれど、寵愛されたいと望まないでほしい、とも」
名無しさんの言葉に二人は無言のまま心の中で唸った。
どこの世に、嫁いできたばかりの女に向かってそこまで言う男がいるのか。
やはり王は、バカの一つ覚えを続行している。
「あなたは、それでいいのですか?」
女嫌いの絳攸が何も言わないために、話すのはもっぱら楸瑛の役割になっていた。
尋ねた楸瑛の言葉に、名無しさんはしっかりと彼らを見返した。
「もちろんです。私に二つ心はありません。ただ劉輝様のために……あの方のお側にいます。いつ何時も」
きっぱりと言い切った言葉に、楸瑛は驚くと同時に口の端が上がるのを感じた。
――――面白い。
下手をすると、秀麗殿と同じくらい主上の心を掴むかもしれないとも思った。
「そうですか」
「ええ。……あなた方では出来ないもの」
「……どういう意味でしょう」
冷たく響いた言葉に絳攸が初めて口を開く。
それをことりと首を傾げて見返しながら、名無しさんは微笑んだ。
「あなた方では、いつ何時も離れず劉輝様の隣にいることは出来ません」
「……どういう意味か、と尋ねているのですが」
つと楸瑛の瞳が細められる。
大人しそうに見えたのに、この新しい貴妃は自分たちに少しばかりの敵意を抱いているようだ。
だが、それがなぜなのかがわからない。
「ご自分で気づいてください」
ぴしゃりと言い放たれた言葉に絳攸の眉間にしわが寄った。
――……そんな風に、新しい貴妃と二人の忠臣は間に壁を作ったのだった。
「いま戻った……な、なんだ? どうかしたのか? 空気が冷たいぞ……」
部屋に戻るなり冷気を浴びた劉輝は覚えたように身を引いたのだった。