遥か夢
□けんか
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「リズ!」
景時の屋敷にぴしりとした女性の怒鳴り声が響いた。
かたや怒ったように口元をへの字に曲げて腰に手をあてるかわいらしい女性。
かたやいつもとかわらぬ(いつもよりわずかにつよく口元を閉じた)金髪の青年。
そしてそれを興味深げに、もしくははらはらしながら見守る仲間たち。
「どうして隠すの!」
「隠してなどいない」
間髪入れずに返ってきた言葉に名無しさんは眉間のしわを増やした。
「なにそれ。聞かれなかっただけだとでもいうつもり?」
「そうだ」
「名無しさんさん、リズ先生も心配させないようにと思ってしたことですから」
「そうだぞ、名無しさん。先生もお考えあってのことで……」
「弁慶と九郎は黙ってなさい」
ぴしゃりと返された言葉に大人しく口を閉じた二人。
九郎はともかく弁慶の口まで封じた名無しさんにもはや口出すことができるのは夫であるリズヴァーンだけだった。
「いつもいつもいつもそうなんだから!リズってば私の気持ちも知らないで……」
「名無しさん、私は大丈夫だ」
「っ、大丈夫だとか大丈夫じゃないとかそんな問題じゃない!」
「名無しさんさん?え、どうしたんですか!?」
いままで席をはずしていた望美が戻ってきた。彼女の声に、名無しさんの肩がぴくりとはねた。
「神子……問題ない。名無しさんが駄々をこねているだけだ」
リズのその物言いに名無しさんは一気に顔色をなくした。
「……だだ?」
「あの、名無しさん殿。リズ先生も……お二人とも頭に血がのぼっているようだ……とりあえずここはリズ先生の傷の手当てをすることにして、お二人であとで話をなさってはどうだろうか?」
「え?傷、って……先生、どこかけがしたんですか?……っ、もしかしてさっきの……っ」
「神子、関係ない。古傷だ」
「いまも血が滴っている傷を古傷とは言わないの、リズ」
またしてもぴしゃりと言い落すと、名無しさんは、す、と手を差し出した。
「弁慶、治療道具を貸して。リズの治療は私がします」
眉間のしわはそのままに吐き出された言葉に、弁慶は表情をひきつらせた。
「……できるんですか?」
「なに、その口縫ってあげましょうか?」
ぎろり、とにらまれて弁慶はにこりとほほえんだ。
「いいえ、遠慮しておきましょう」
「し、しかし、名無しさんは薬師ではないだろう?弁慶に任せた方がいいんじゃないか?」
「あっ、九郎、バカッ」
心配そうにさらに言いつのる九郎の口を後ろから景時が抑えにかかったが、それも遅く、九郎の頬を名無しさんの両手がぎゅっとつかんだ。
「にゃ、にゃひをひゅふ〜〜〜!!」
「九郎?目上の人にはそれなりの態度をとろうね、って最初に会った時に教えたのに忘れちゃったのかしら?ね、薬師じゃなかったら夫のけがの治療をしちゃいけないなんて、あなたの兄上はおっしゃったのかしら?」
「ひゅまんっ、ひゃりゅかった!」
「よろしい」
ぱっと手を離すと、名無しさんは弁慶から道具箱を受け取ってリズの腕を引いた。
「ちょっとこっちにいらっしゃい」
「わかった」
「……美人は怒らせるとこわいって、本当だね」
「源氏軍の中で一番怖いのって、実は名無しさんさんなんじゃないですか?」
「うぅ……いたいぞ……」
「九郎が余計なこと言うからだろ〜?」
「でも、久々に見ましたね……名無しさんさんがあんなに怒るところなんて……これは、一嵐来るな……」
「……これではおさまらない、ということか?」
「やっぱり庇ってもらっちゃって悪かったなぁ……」
「大丈夫、神子がけがをしないようにリズヴァーンは守っただけだよ」
「……そうね。でも、それだけじゃ納得いかないのが女心なのよ。白龍」
「……朔、どうして名無しさんが怒っているのかわかるのかい?」
「なんとなくね。でもそうだとすると……解決できるかどうかはリズ先生にかかってるのよ。もしかしたら長期戦になるかも」
「なに!?」
「あの状態が続きますか……」
「それは……すこし嫌かもしれない」
「すこしじゃなくて、ものすごくイヤ、だね」
はぁ、と八葉プラス3のため息が響いた。
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