遥か夢
□感謝
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「姫君、今日の夕飯はなにかな?」
「ヒノエくん」
台所に現れた珍しい人に、私は目をぱちぱちとまたたかせた。
「私たちの世界の料理なの。気に入ってくれるといいんだけど」
「お前が俺のために作ってくれたなら、ただでさえおいしい料理がさらにおいしくなるさ」
「あはー……味付けはほとんど譲くんがしてるんだけどね」
ヒノエくんはよくこうやって甘い言葉をささやいて私にちょっかいをかけてくる。
まぁ女の人全般にするんだから、もうなれてしまったけど。
「名無しさん」
「わっ」
ぐっと引き寄せられてすっぽりとヒノエくんの腕のなかに包まれてしまう!
「そろそろ俺を見てくれてもいいんじゃないか?」
「ひ、」
「ヒノエ!なにしてるんだ!?」
今度は後ろからぐっと引かれて、再び誰かの腕のなかに抱え込まれてしまった。
「こいつにちょっかい出すなって言っただろ?」
怒ったようにそう言うのは、譲くんで、私は顔が熱くなるのを感じながら身体を固くした。
「ゆ、譲くん……私、なにもされてな」
「抱きしめられてたのに?お前も警戒心が足りないんだよ、バカ!」
「ひ、ひど……!」
譲くんってば、怒るとすこし将臣くんに似た口調になるの、わかってるのかなぁ?言うと傷つくから言わないけど……。
「はぁあ……ったく、譲。人の恋路を邪魔するなよな」
「こいつは俺の妹分なんだ。ちゃんとしたやつじゃないと渡せない」
「……ふぅん?俺は、バカなのは名無しさんじゃなくてお前だと思うけどね。譲」
「?どういう意味だよ?」
「そのままだよ。じゃあ、またな。名無しさん」
「え、あ、うん?」
ひらりと、肩にかけた服をゆらしてヒノエくんは立ち去った。
……まるで猫みたいな人だなぁ。
「……お前さ、もうちょっと自覚もてよ」
「自覚?」
はぁ、と大きなため息が頭の上で聞こえて、譲くんは私から身体をはなした。
「ま、だからお前なんだろうけどな……」
困ったように笑いかけられて頭をなでられる。
……譲くんのボディタッチは好きだよ。
でもね、されるたびに思い知らされるの。
だってお姉ちゃんには譲くんは絶対に触れないから。
よっぽど危険なときだったりしないと、触れないから。
触れられた方がよっぽど辛いなんて。
……それでも、私は。
あなたといっしょにいたい。
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