遥か夢
□苦手な人4
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しかし自分は彼女に謝らねばならない。
あれは……ただの八つ当たりだったという自覚がある。
彼女に好意を向けられたいのに本当の意味で向けられてはいないのだという虚しさと、怒りに突き動かされた。
「……酷い無体をしてしまったことは謝るよ、すまなかった……」
彼女の背後に片膝をつく。怯えさせないようにある程度の距離を保ってだが。
「い、いいんです。それは……わたしなんて、別にどうってことなかったし……」
彼女の自分を卑下する言葉に知らず眉間に皺を寄せる。
「君は十分魅力的な女性だ、それにあの態度を見る限り君には経験がない。本当に私が浅はかだった……」
後ろから見てもかっと彼女の耳が赤くなったのがよく分かる。
……他に言いようがあるか考えられないくらいに自分だって動揺している。
そして焦っていた。
「……も、もう迷惑かけないですから……すみませんでした……」
しかし赤くなりながら彼女はそれでもこちらを見ようとはしない。
しかし殻を被りきるほどには精神が安定していないようだということが焦ったような口ぶりから窺えた。
「……迷惑とはなんのことかな?」
「……いろいろ」
「いろいろでは分からないね、具体的に言ってはくれまいか……?」
追い詰めるように少し語気を強くすると、彼女はしばし息をつめた。
言い淀むように口ごもっているらしいのがその肩から伝わる。
「……今まで、本当にすみませんでした。……戯れごとは、もう言いませんから……」
「っ!何故!?」
戯れとは自分の言葉をとった言い方だろうか。
ことあるごとに「かっこいい」と「友雅さん」と慕うように「好きです」と言ってくれていた彼女がそれをやめるという。しかもそれが戯れごとだったと。
……自覚はあったのに、彼女にもう戯れごとすら言ってもらえないほどに愛想を尽かされたのかという悲しみとともに怒りが湧き出た。
かっと頭に血が上り、泰然としていた態度を崩す。
小さくなる彼女との距離を狭め膝立ちのままその肩を掴みあげた。
必死に顔を伏せる彼女の顔を無理に上げ、顎を固定する。
目を合わせ逸らせないようにじっと見つめた。
「っ、名無しさん殿……」
「っ、ご、めなさ……っ」
彼女のまなじりに光るのは、透明のこれ以上ないほどに美しい宝玉だった。
謝るその顔には諦めの色が上る。
……彼女はどうやら私が涙が嫌いなのだと知っているらしい。
だから、か。
何をしようとも、傷つけようとも、泣くことだけはしなかった。……では今と先ほどは、耐えきることができないくらいに動揺し、限界だったということか。
…………それに気づくこともできなかった自分に苛立ちと腹立たしさが募った。
それとともに後悔の念が押し寄せる。