遥か夢
□仮面夫婦・弁慶
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仮面夫婦ってこういうことだよねえ。
私は弁慶さんを見送ると、薬草に関する本を取りだした。
「今日も頑張りますか!」
もし、ここが本当にあの世界なのだとしたら、来るべきときはいつかやってくるから。その時にとんでもなく足手まといになるよりかは少しだけ足手まといになった方がいくらかマシだろう。
「……」
続け字なんて読めないけど、絵もあるし、なんとかなりそうと思えるのが救いだよね。
頼朝様と政子様の養女だという少女。
何か裏がありそうだと警戒していたんですが、見事な仮面夫婦をこなしていますね。お互いに。僕は彼女に必要最低限の干渉で済ましているし、彼女もまた良妻を演じてくれている。
……正直、彼女からは何も感じない。女性としてどうという話ではなく、密偵なのかと思っていましたがそうでもなさそうだ、というのが最近の感想ですね。
「ただいま帰りました」
しかしぼろを出すならそろそろか、と思いながら家に入ると、いつもなら笑顔で出迎えてくれる彼女が出てこなかった。
「? 名無しさんさん?」
買い物にでも出ているのだろうか。
そう思いながら家の中に進んでいくと……
「すぅ……すぅ……」
気持ちよさそうに畳に転がって眠っている彼女がいた。
「……」
いつもなら、隙を見せないように笑みを浮かべてそつなく良妻を演じている彼女が、うたたね?
気持ちよさげに眠る彼女の手にある書物に気づいて、それをそっと抜きとった。
「これは……」
薬草の本?
自分に興味を持ってくれているのか、薬草に興味があるのか……それはわからない。
ですが……僕がしていた警戒はもしかするとものすごく杞憂だったのかもしれないな。
「……名無しさんさん」
「ん……」
「風邪を引きますよ?」
「んー……」
目をごしごしとこすって、彼女は上体を起こした。
そんな幼い彼女にふと笑みがもれる。
「べんけ、さん?」
「! ええ」
いつもは弁慶様と呼んでいたのに、どうやら寝ぼけているみたいだ。
「おかえりなさ……」
薬草の本が読めなさ過ぎて、どうやらいつの間にか眠っていたみたいだ。
弁慶さんの声がして私は目をごしごししながら身を起して……固まった。
「べ、弁慶様!? きょ、今日はお早いお帰りで……!」
「そうですね。いつもより少しだけ早かったでしょうか?」
「すすすす、すみません! すぐに夕餉の準備をいたしますので……っ」
あーもう、あーもう!
私の馬鹿!
なんで寝過ごしたりしたのー!!
「……名無しさんさん」
「は、はいっ」
怒られる!?
「僕はさっきみたいに、弁慶さん、と呼ばれた方が嬉しいですよ」
「え……そんな風に読んでました、か?」
「ええ。やっと気を許してくれたのかと思ったのに、また元に戻ってしまうから……」
「……ええと、じゃあ……弁慶さん」
「ええ」
「……」
なんだか気恥ずかしいな。
「ああ、そうだ。この本なんですが……」
「あ! す、すみません……勝手に」
「いえ。いいんですよ。でもどうしてまた? 絵巻物が必要だったらそのように手配しますが」
「い、いいえ! 薬草の扱いを少しでも分かっていた方がいいなと思って読んでいたんですけど……学がなくて、字が読めないもので眠くなってしまって」
「……そうでしたか。では、僕が教えて差し上げますよ」
「え?」
「薬草と、字を」
「ええ!? で、でも」
「おや。僕が先生では不服ですか?」
「いいえ! そんな……もったいないくらいです。でも……面倒じゃありませんか?」
「まったく」
ふふ、と笑みをもらす弁慶さんに少しだけ距離が縮まった気がして嬉しくなった。
2011/02/19.