遥か夢

□仮面夫婦・九郎
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「行ってくる」




「いってらっしゃいませ」




 玄関で深々と頭を下げ、旦那さまをお見送りした。
















「ふぅ……」




 いったいどうしてこんなことに。


 というか、思った以上に九郎さんが無愛想で疲れちゃう。



 昨日なんてお吸い物が辛すぎると怒られた。






「……」





 お屋敷はさすが九郎義経って感じで、実はご飯を作ることしか私にはやることがない。掃除とか買い物は全部他の使用人の人がやってくれるんだよね……ということで、すごく暇。





「……」






 墨と紙を用意してその前に座るも、何も書くことが浮かばなかった。













「……」



 筆を持ったまま手持ち無沙汰に紙の上を行ったり来たりして……結局私は気づけば「くろうさんのばか」と書いていた。






 そうだ……私の愚痴を聞いてくれそうな人はいないんだから、こうやって紙に書けばいいんだよ!




「お吸い物うすくしてやる」


「くろうさんのあほ」 


「ねるのはやい かいわぐらいしろ 目そらすな」



「ぶあいそ ぼくねんじん しごとばか あにばか」








「ぷくく……」



 けっこうストレス解消にいいかもしれない。


 後何が不満だっけ?


 顔がにやけるのを感じながら続きを考える。










「……お前は俺のことをそんな風に思っていたのか」










「!!?」













 さっと背後から飛び出した手が私が不満を書きだした紙をさらっていった。



 い、今の声……?


 信じたくない。信じたくないけど……



 身体がすうっと冷たくなって、私は恐る恐る振り向いた。







「!」





 なんでいるの、九郎さん!?





「く、九郎、様……」




「この書付によると、俺のことは九郎さんと呼んでいるんじゃないのか?」





 あ、あれ?




 不機嫌と言うわけでもなく、淡々と書付を眺める九郎さんに私は不思議な気分になった。


 怒ってない?





「い、いえ……あの」






「……吸い物はちゃんと味見しているのか? 昨日は辛すぎたんだ。俺はお前の作る料理に文句をつけたわけじゃないぞ」







「あ、あの」






「……ふむ。会話と目をそらすのは……善処する。寝るのが早いのはすまなかった」




「う……」





「無愛想なのは……すまん。朴念仁なのもなんとも言えんが……」





「あ、謝らないでください!」





「……だが、俺に不満があるのだろう?」




「いえ……それは」





「俺はお前と恋仲になって婚姻を結んだわけではない。だが、夫婦となった以上、ずっと互いに何かを遠慮したまま生活するのは嫌なんだ。不満があるなら……こんな風に言ってくれればいい」




「……怒ってないんですか?」




「何を怒ることがある? この書付にかいてあるのは、最もだ。まあ、吸い物に関しては反論の余地あり、なんだが」




「……」




「どうした?」




「すみません……」




「うん?」




「私、九郎さんが怖い人だと思ってました。無愛想だって。でも……私も歩み寄ろうとしてなかった。与えられるのを待ってばかりでした」




「……」



「だから、ごめんなさい」




 ぺこりと頭を下げる。



 人の文句ばっかり言って、自分のこと省みてなかった。





「……謝るな。俺だって、政略結婚に納得いかなくて意固地になっていたからな」




「九郎さん……」





「俺は、お前のそういう素直なところが好きだと思う」




「え!?」




「あ、いや! 好きと言うのはそういう意味ではなくてだな! いやそういう意味なんだが……!」




「……ふふ」




「名無しさん?」




「一歩ずつ、ですね。私達」




「……ああ。そうだな」







2011/02/19
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