オリジナル小説もどき
□時の城
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一話
【住み込みのバイト】
ピンチだ。
三浦なつは家具もなにもない部屋の中で頭を抱えた。
今手元にあるものはケータイとお骨とわが身ひとつ。
他は全て持っていかれてしまった。
姉が死んだ。
姉と二人しか家族はなく、ここ三カ月は姉が入院していたために蓄えはほとんど尽きてしまった。残りのわずかも葬式代で出てしまった。
つまり本当に自分の手元にあるものは少しも残っていないのだ。
働くにしても今日いっぱいでこの家を出なければならないとなると家がなくなる。友人たちに頼もうにもみんな大学に通うために地方に下宿に出ていてつかまらなかった。
どうしよう……。
なつは睨むように床に置いた求人誌の紙面を見つめているがその内容は全く目に入っていない。すでに隅々まで目を通していたからでもある。住み込みで雇ってくれる所なんてこの時代にあるわけがない。しかし野宿で生活するには若い女性の身の上では危なすぎるし、そろそろ冬にさしかかる季節柄あまり得策とはいえない。
「……」
どうしよう。
考えなくてはならない。
でもいい考えなんて浮かんでこなくて、「どうしよう」という言葉だけが頭の中をぐるぐると回る。ここまで来るといっそ死んでしまいたいと思う人もいるのかもしれないけれど、そんな考えが微塵も浮かばないという所がなつという人間をあらわしているのかもしれない。
なつは大学生だった。二十歳だ。社会に出ていてもおかしくはない歳かもしれないが、それでもまだ少女と女性の境にいる……庇護されていてもおかしくない歳でもあった。
「……もっかい見よう。もうなんでもいいから……」
働かないと。
生きないと。
求人誌を隅から隅まで余すところなく見る。見る。見る。
朝から晩まで働き通しでもいい。
当面は日払いのものとそうでないものを掛け持ちして働こう。
「え? ええ!?」
その時目に入った記事に思わず床に置いていた求人誌をつかみあげた。
『家政婦募集。住み込みが絶対条件。時給千円から、その他応相談。 時の屋敷』
「……こんな記事さっきまであった?」
高時給の上、今のなつには有難い住み込みの仕事。こんな記事があれば真先にくらいついていたはずだけれど。
不思議に思いながらも、載っているのだから見落としていたのだろうとなつは結論づけた。何も自分の求めている記事だけを見落とさなくてもいいのに。
「家政婦かぁ……」
家事は得意だ。得意というか、普通にこなすことができる。料理だって特に凝ったものを作れと言われなければ大丈夫だ。伊達に何年も台所に立っていたわけではない。働く姉に変わり家の用事を全てなつが受け持つことが当たり前だったのだ。
「時の屋敷……って何? なんか怪しいなぁ……何の施設なんだろ?」
怪しい……。
一度そう思ってしまえば怪しさしかその記事から感じられなくなってしまった。だって高時給……住み込み「可」ではなくて「絶対条件」。
「ものすごく気難しい人がいるとか? それにしてもなぁ……」
首を傾げてみても記事からは他の情報は読み取れない。それにそもそもなつにはこの有難い求人に飛びつくしか生きていく術はないのだ。いくら怪しくても今なつが求めているものがそこにはあった。
何ヶ月か働いて、よっぽど変な所なら止めればいいか……。
「よし! そうと決まれば早く電話しよう……うー、もう決まったとか言われなかったらいいけど」
ケータイがまだ止まっていなくて良かった、と思う。それすらなければこうしてすぐに電話をかけることも出来なかった。軽い電子音を鳴らしながら番号を押して応答を待つ。
何回かコール音が続いて、受話器を上げる音がした。
『はい』
若い男の人の声だ。
「あ、あの、求人誌を見てお電話させてもらっているんですが」
『求人? ……見えたのか』
「へ?」
(見えた、って何が? 求人情報が? そりゃ見えるでしょうよ、目が見えないわけじゃないんだし……)
少し驚きをにじませた声を不思議に思いながらも先を続ける。
「はい。それで、面接をお願いしたいのですが……」
『いい』
「は?」
『採用だ』
「え? ええ!? あのっ」
そんなに困ってるんだろうか?
(電話で即採用なんて……今までいろいろバイトしてきたけどはじめてだよ、こんなの)
『絶対に住み込みしてもらうことになるが、それは構わないんだな?』
「は、はぁ……こっちとしてもその方が有難いというか……」
(え……ますます怪しくないか? というかこの電話の人……なんかすごく上から目線じゃない? 確かに私は今から雇われるわけだけど、なんでタメ口なのっ!)
『わかった。家族は?』
「……いません」
『そうか。いつから来れる?』
「今日からでも大丈夫ですけど、明日からで……」
『今から住所を言う。今日から来てくれ』
「え? は……ちょ!」
『何か不都合でも?』
「え、あ、いや……こんなにすいすい決めてしまっていいんですか?」
(だって私が信用できる人間かどうかなんて相手の人にはわからないわけで……私だって相手のこと見えてないから判断のしようがないんだけど、私には他に取る方法がないからそれはまぁいいんだけど)
相手の警戒心のなさになつの方が戸惑って待ったをかけてしまった。しかしなつの心配を余所に電話の相手は変わらずそっけない口調で返答した。
『構わない。この求人が見えただけで十分だ』
「はぁ?」
見えた見えたと何をいうのだろうと思った。なつの中で出来あがった男に対する印象は「変な人」だった。間抜けな相槌しか打てないなつに声は促した。
『じゃあ住所を書き取ってくれ』
「あ、はい!」
慌てて持っていたペンで求人誌に直接でかでかと住所をメモした。