その他夢2
□べた惚れ
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「・・・・・・熊?」
玄関先に倒れ込んでいた大きな熊に私は首を傾げた。
「あの・・・もし。もしかして行き倒れていますか?」
我ながらなんて問いかけだと思った。
けれどもその大きな熊は軽く身じろぎをして、とても大儀そうに喉の奥から。
「は・・・・・・腹減った・・・・・・」
その言葉とともに盛大なお腹の音がその場に鳴り響いた。
妙な拾い物は夏の間うちの居候になることになって、静蘭がやたらと面白い顔をするのを眺めていた私に居候が愛を囁くようになったのは彼が一緒に暮らしだして間もなくのことだった。
「なあなあ、お前は外朝で働かないのか?」
「働きません」
「なんでー?」
「私は秀麗みたいにいろいろ勉強してきたわけじゃないもの」
「雑用係だぜ?」
きょとんとした燕青に私は肩を竦めて洗い物を終了した。
「私じゃ足手まといになる」
実際に意味でも確かにそうだし、秀麗が目指すものの上でも確かにそうだ。
二重の意味を含めた私に何の事情も知らないはずの居候は、ふむふむと一人頷いてひどく嬉しそうに笑った。
「偉いな、姫さんのことちゃんと考えてやってるんだな」
「べ、別に……っ」
かぁ、と頬に血が上る。
「だってどちらかというと姫さんに過保護だろ? 心配で仕方ないから一緒に行きたいけど、でも行ったら足手まといになるから我慢してるんだ。・・・・・・偉いよ、お前は」
「……っ!」
臆面なく言われた褒め言葉に耳まで熱くなったのが分かって慌てて気を逸らす。がたがたと蒸し器を取り出して用意する。
「ちょっと一緒に過ごす時間が増えたらいいなぁ、とか思ったんだけどそれなら諦めるわ。けどここ戻ってきたらちゃんと相手してくれよな」
「・・・・・・相手とか、しませんし」
思わず口がとがる。
気恥ずかしい。
手早く汁物を温めておにぎりをにぎってお茶も淹れる。
「悪いんだけど秀麗にこれ持って行ってあげてくれる?」
「ん? 俺がか?」
「・・・・・・きっと私たちじゃ駄目だから」
そっと視線が下を向く。
かわいい秀麗。でもそろそろ、私たちの手を離れる日が来るんだ。
「・・・・・・いいよ。わかった。でも後でご褒美ちょーだいな」
構えることなく了承してくれた燕青にほっと息をつく。
けれども続けられた言葉に少し考えて、もともと用意しようとしていたものの名前をぽつりとつぶやいた。
「・・・・・・汁物とおまんじゅう」
「ん?」
「今日、食べてる量いつもより少なかったからお腹すいたかと思って・・・・・・べ、別に欲しくなかったら食べなくていいからっ」
さっき取り出した蒸し器と温めている汁物、秀麗に持って行けと言われたおにぎりとお茶を見比べた燕青にもともと用意しようとしていたことが知れたのだと悟って、火照ったように顔が熱くなる。
顔が熱すぎて涙腺が緩む。
「〜〜〜〜〜〜〜っ! あーもうお前ほんと可愛くってしょうがねぇな!」
「!? ちょっと!」
突然がばりと抱き着かれて羞恥心が最高に達した。
加減をしながらそれでもぎゅうぎゅうと抱きしめる腕は見た目の通り逞しく、温かい。
「・・・・・・静蘭よりごつい」
混乱しながらも思わずつぶやいた言葉にばっと燕青が体を離した。
「!」
「静蘭にどうして抱きしめられることがあるんだよ」
むっと口をへの字に曲げた燕青を首を傾げて見上げる。
「転んだ時に支えてくれたりとか、虫が出たときに飛びついたりとか?」
そもそもどうしてそんな怒った顔をするのだろう、と見上げ続けているともう一度抱きしめた燕青が拗ねたような声で「今後一切禁止だからな」と言った。
「何を?」
「静蘭にも他の男にも抱き着くとか禁止。転ばないようにしろ。虫が出たときも姫さんに抱き着くとか」
「・・・・・・なんで」
「俺がお前を好きだから」
なんてことのないように告げられた言葉に収まりかけていた熱が再び浮上する。
どうしてこう、この男に調子を乱されるのだろう。
「好きだよ」
柔らかな笑みで囁かれた言葉に頭の芯が痺れた。
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