乙女ゲーム夢4

□その理由
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夕食の支度をしていると遠くで怒鳴り声が聞こえてきた。


そして足音荒く厨房に姿を現した純一さんの姿に私を含めその場にいたもの全てが動きを止めた。


彼がここに来たこと自体にも、非常に険しい顔をしていることにも驚いて息を潜めて成り行きを見守る中、純一さんは私の姿を視界にとらえるとつかつかと近づき苛烈な瞳で睨みつけると。



「きゃ…っ」




手荒く肩に担ぎあげられた。



怒っていると分かって怯えていると視界の端にメイド長がひどく怯えた様子で立っていることに気が付いて、怒鳴られたのは彼女かと思った。ならばお見合いの話か、とも。














無言のまま自室に私を連れ込んだ純一さんは、ベッドの上に私を放り出すと苛々した様子で髪をかきまぜて私を睨みつけ、唸るように言い放った。






「見合いの話、なぜその場で断らなかった!?」





烈火のごとし怒りに心臓がばくばくと嫌な音を立てる。




「そ、れは…」



特にこれといった理由はない。

漠然とここからいなくなった方がいいのだろうとだけ。



けれど怒り狂った純一さんにそれを言うのは命知らずな気がして何も言えない。




「他の男と結婚するだと!? なぜ手元に置いたかわからないのか!」



ぐ、と純一さんの顔が泣きそうに歪んだ。





大の男が泣く?


いつも泣くのは私の役目だったはずだ。





間抜けになったようにベッドに身を預けたまま純一さんを見上げているとがっと頬を片手で掴まれた。

痛い、と抗議の声を上げる間もなく引き結んだ唇に純一さんの唇が押し当てられて。

荒々しく唇に舌が這わされて強引に中に侵入してくる。



「ん! ふぅ、んっ」


苦しくてとんとんと純一さんの胸元を抗議の意味を込めて叩いたけれど、純一さんは眉間にきつくしわを寄せたまま好きなように私の口内を貪った。

きつく舌を吸い上げられ唾液を絡めあう口づけにくらくらとした眩暈を感じながら、純一さんのオーデコロンの香りに胸が切なくなった。


やっと唇が離れたと思えば痛いほどに肩をつかまれ険しい顔で怒鳴りつけられた。

「は・・・・・・! お前のこの唇を他の男が味わうだと!? そんなことを誰が許すか! これまでずっと長い間手を出さずに成長するのを見守ってきたのに見合いだなどと、お前をメイドだと偽って手元に置いたのがそもそもの間違いか……っ!」



怒鳴りながらもどこかせつなさを含んだ声に私は上気した顔でぼんやりと純一さんを見上げた。



白い手巾の少女になりたいと思っていた。

彼女が羨ましいと。


純一さんを救った彼女になりたいと。






「・・・・・・純一さん?」



「なんだ!?」



苛立たしそうに答えた純一さんに、私は瞳を潤ませた。




「私は…メイドです。もう純一さんと呼ぶのではなくて旦那様と呼ばなければならないと・・・・・・白い手巾の少女がいずれ純一さんの奥方になるのなら、私はこれ以上ここに居てはいけないと思ってました」



けれどそれはちがうのだろうかという微かな希望が見えた。

そして私の問いかけに純一さんが瞳を揺らして微かに首を横に振った。



「野宮のお嬢さんに会いたかったのは、ただ一言礼が言いたかった。それだけだ、他意はない」




切なげに瞳を揺らした純一さんの姿が揺らぐ。

涙が溢れるのを感じながら見つめ続けると、腕の中に囚われて抱きしめられた。






「俺が愛しているのはお前だけだ……っ! 人が幼女趣味じゃないかとかいろいろ悩んでいるのに、お前はそんな勘違いをしていたのか……っ!」



ぎゅうっとかき抱かれ胸が震えた。


満たされる心地と純一さんの力強い腕に心底安心する。



愛している、と言ってくれた。

白い手巾の少女にならなくても、愛していると。




「さっさと求婚して結婚してしまえばよかったな」


苦々しくそう呟いた純一さんに思わず笑ってしまいながら私は逞しい胸に頭を預け微笑んだ。






(紅蓮の炎のように舞う)


→おまけ
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