その他夢
□好ましい君
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「藍将軍」
ぱっと笑みを浮かべてかけよってくる青年に楸瑛は笑みをもらした。
「やぁ、名無しさんじゃないか」
最近后妃つきになった静蘭と時を同じくして羽林軍に昇進してきた青年だ。前から見知っていて、楸瑛には珍しく好感を持ち続けていられる数少ない人間だった。
「紅貴妃の護衛かい?」
「はい。静蘭と交代で」
にこりと笑う顔はまだ幼い。
中世的な線の細い容姿。しかしながら扱う剣のさばきは楸瑛にひけをとらない。本気でやりあってもいい勝負になるだろう。
「…君、また痩せたんじゃないか?」
「ええと、そんなことはありません、よ?」
そろりと視線を外した青年に楸瑛の眉間にしわがよる。
「別に太れと言ってるわけじゃない。ただ力で押し合いになった時、絶対に体重の軽い者の方が押される。身を守るためにもちゃんと筋肉と体重をつけろと言っているんだ」
それは上司としての言葉。
本来だったら楸瑛は部下にこんな言葉は投げないのだろう。
何も言わずに求め、判断し、評価する男だから。
自分に最も厳しく、他人にもとても厳しいとなんとなく知っているから、名無しさんにはそんな彼の気遣いが嬉しい。
「…いつも気にかけてくださってありがとうございます」
「はぁ……まったく、調子が狂うよ」
「すみません」
困ったように笑うその顔はとてもかわいらしい。
「君、本当は女なんじゃないのか?」
「ええと……女に見えると言われたことは何度となくありますが」
困ったように笑う彼に楸瑛は少し反省した。
「……すまなかった。失礼な言葉だったね」
「いえ、いいんです。慣れてますから」
にこりと見あげてきた彼に楸瑛は苦笑した。
その笑顔を浮かべるために彼が積み上げてきた功績を楸瑛は知っている。その努力を、見てきたから。
ひょっとすると自分以上に自分自身に厳しい彼を、楸瑛は好ましく思ってきた。
(……別に男は好きじゃないんだけどな)
自分で自分の心に戸惑いつつも、それまでは彼のことを人として好ましいのだと思っていた。
しかし転機というのは突然来るもので。
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