□09 B -優しい罠-
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「どうかしましたか?」
ATをオーナーの立つ位置の1mくらい手前で止めて、首を傾げる。
テーブルの上には何故か豪華なオードブルがあった。作りたてらしく、部屋には良い香りが充満していた。
「小鳥ちゃん、随分上手になったね。」
いきなりそう言われて、一瞬なんのことだか分からなかったけれど、足元を指差してニコニコするオーナーを見て、あぁ納得。
「AT、楽しくって。自主練ですけど、一応してるんです!」
「うふふー。なら丁度良いわ!」
「?」
「これ、バトルの観客から、オーダーがあったのよ。デリバリーしてちょうだい?」
オーナーの指がATからオードブルへ。
「そんな注文、出来るんですね…」
「最近始めたのよー」
オーナーは、自慢気に大きな胸を張った。
更に大きく見える胸に少したじたじしていると、オーナーはソファの背もたれにかけてあった黒いジャンパーを渡して言った。
「寒いからこれ、着ていきなさい?」
「…あ、ありがとうございます」
あれ?どっかで見たことある、このデザイン。
腕を通すと少し大きい。
「うん、萌えー」
「も、萌え?」
「ちょっと大きめなのよソレ。萌え袖って言ってねー」
そのまま待っていると、オーナーの萌えトークが終わらなさそうだ。私はオードブルに蓋をして、2皿ずつ重ねた。計4皿。それを脇にあった大きなスーツケースに入れると、両手で持つ。
両手使えないんだ…
しかも結構、重い…
「えいっ」
両手でバランスを取っていると、オーナーにスーツケースの脇のボタンをカチリと押された。
途端、ギュインと肩掛けが出現。
「これ、ランドセルを前にしょうみたいに掛けて?…そう。それでお腹の所で固定するの、なかなか良く出来てるでしょっ?」
絵描きさんがスケッチするような状態になった私を見て、満足したようにオーナーが頷く。
これなら一応両手が自由だ。
「じゃあ行ってきますね?」
「はあい!………お客様にヨロシクね」
裏口から出して貰うと、外はオーナーの見込み通り寒くて。
ジャンパーにぎゅうと顔を埋めると、ふわりと良い香りが漂った。
…オーナーの香水かなぁ。
何か嗅いだことあるかも…
「はは、犬みたい」
呟いて、ジャンプ。
アイオーンの言う通り、初心者にしては勿体ないのかも知れない。ATは私の意志が通じるかのように、しなやかに近くのビルの上まで運んでくれた。
ステップ、ジャンプ
ジャンプ、ステップ。
「…あ、場所聞き忘れた」
1キロ位進んだ頃だろうか。
今まで何を目指して来たんだ私!
なんて言うツッコミは置いといて。
振り返っても、誰も居ないビルの上。私の忘れものを届けてくれる人は居ない。
唐突に襲うのは酷い虚無感。
私が涼に拾われる前の、誰にも必要とされないあの感じ。
ぐっと下唇を噛んで、来た道を戻ろうとした時だった。
―――――ッわぁああああ!!
「歓声だ!」
確か届け先はバトルの会場。
爪先に力を込めると、ATの前輪がグィンて音を立てる。
その反動で飛び出した私は、歓声のする方へ一直線に向かっていった。