□08 B -天才調律師の噂-

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―フェアレディア―



「…という特徴の調律師なんですが、」
「うーん…分からないわねぇ」


フェアレディアの裏口から入って、スタッフルームを抜ける。
店内に通じる方のドアを開けると、そこにはこの間のジェネシスの集会で見た顔があった。


「……アイオーン、クロック」
「あぁ、この間の…」
「………本当に覚えてます?」
「ケバかった方ですね」
「…」
「…」
「…」
「ひっ酷いぃいぃいッ!!」


断末魔と言っても違いない悲鳴が店内に響く。まだお客さんが居ない時間帯で良かった…
アイオーンは何も聞こえていないように表情を変えなかったけれど、私が盛大に肩をビクつかせる程の声量だったもの。


「オーナー…」
「だってぇだってぇ…小鳥ちゃんのことバカにして!」
「いや、私はバカにされてませんよ」
「そうですね、今日は小綺麗なお顔をされている。どう考えてもあのメイクが原因でしょうね」
「…」


ちょっと影が濃くなったオーナーを差し置いて、アイオーンはそう言うと片手で両頬を掴んだ。ぐっと顔を寄せてくる。右左と吟味するように凝視されては流石に…と思ったけれど。


「ふむ、肌も綺麗だ」
「小烏丸戦凄かったです」
 


ヤバい、褒められたものだからつい。
いやいや元々小烏丸戦は見たし、凄いとも思っていたけどさ。…というか正直、ファンになって仕舞いそうなくらい圧倒的な強さだった。
そして勿論、牙の新旧戦は言うまでもなく私の目を奪った。


「残念ながら私は女性には興味はないですが、」
「…知ってます」


小烏丸のニット帽の彼に囁いた台詞は結構有名な話。
漸く私の顔を離して眼鏡をクイと持ち上げたアイオーンは、ゴホンと空気を取り直して、もう一度私を一瞥した。


「ただ、あの燃え頭の"お気に入り"だという女性にはとても興味をそそられますね、小鳥さん?」
「スピットファイアのことね?!なんだーやっぱり私のメイクが「あぁ、そんなような名前でしたっけねー」


オーナー復活。
「スピットファイア」の名前が出た途端やる気を無くしたアイオーンは眉間に皺を刻んで、この話は終わりだと半ぺらの紙を私の目の前に突き出した。


「ところで小鳥さん、」
「………小鳥でいいです、私アイオーンって呼びたい……のでって駄目、です、か…」
 


話を遮ってした発言に、気を害するかと思った。でも、有名人に憧れるのは一般人の心理。これを逃すと、次のチャンスはない気がしたから。
上目で様子を窺うけど意外にも、


「構いませんよ、…では続けても?」


意にも介さない様子。


「………スピットファイアの方が有名だと思うけどなぁ」


オーナーは開店の準備の為に奥に入って行く。その時の呟きは取り敢えず聞こえない振り。

なんかもう、最近その単語を聞くだけで頭を乱される。私はそんな風に縛られることなく、他人の言動なんて受け流せる自信があった筈なのに。


「実は今、人を捜しをしていまして。」


耳触りの良い、声。
そういえばスピもよく通る声だ……って…なんでそっちにいくかなこの頭は。
 


「人?」
「えぇ。眸の色はブルー系ですが、日本語を流暢に話すことから日本での滞在は長いと思われます。もしくは日本人の線も無いとは言えません。と言うのも肌の色は白人にしては黄色み掛かった黄色人種に近い色合いだからです。また頭髪は脱色したような薄い金、白と言っても良いでしょう。ですが撫でた感じではさらさらてした手触りの為、年齢はそこまで高くないと思われます。顔の造りは、芸術と言っても過言ではありません。凛とした一重によく通った鼻筋、薄い唇は正に」
「…なんでそこまで分かってて見付からないんですか。」


私はもう一度アイオーンの言葉を遮った。今度は全く罪悪感なく。
彼の言う特徴は、まるでその人物をじっくりと見てきたような情報量だ。その情報量にも驚いたけれど、何よりも、私はこの人物を知っている…と思う。


「見付からない、というよりも…突然消えたから、ですかね」
「え?」
「彼は調律師です、それもかなり有名な。半年程前までは確かに姿を見せていたのですが、それ以降消息を絶ちました。」


………私が涼に拾われたころだ。


「……捜してどうするんですか?」
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