□09 B -優しい罠-
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「……………………まだ、居るんですけど」
はぁ、とため息を漏らすと、オーナーは人の気も知らずにクスクスと笑った。
今日の厨房には男のバイトさんが入っているから、オーナーは暢気にデザートをつまんで。
今日は余り人が入っていない。
理由は鮮血の月。
と言えば、ライダーは誰でも分かると思う。
「アイオーン、今夜は鮮血の月ですけど」
ブラックコーヒーを彼のテーブルに運んだ足で、さりげなく出ていく事を促してみる。
「今は戦いの前兆よりもブラストに接触する方が先決ですから」
………数秒で撃沈。
アイオーンはコーヒーに口をつけて、目だけをチラリと私の方へ遣った。
…うわ、そんな目で見られても困るから。
ブラストと呼ばれる天才調律師は恐らく涼のことだろう。あんなに目立つ容姿が何人も居るとは思えないもの。
「今日は小鳥が巣に戻るまで、じっくりストーキングすることにしましょう」
にっこりと宣言されて、動いたのは私の頬。口角も釣られるようにヒクリと動いた。
「本当に…どうしてそんなに血眼で捜しているんですか?」
「……お教えすれば、紹介して戴けますか?」
「………」
ふう、
アイオーンが白々しくも肩を落とすと、なんとなく罪悪感が芽生えた。
「私個人が捜索に名乗りを上げた理由は」
「ちょ!待って下さい!!ご紹介なんかできません」
「期待していませんよ。彼に貴女伝に伝われば幸いですが、ね」
アイオーンが企み顔でそう言うと、伝えなければいけないと強要されているみたいだ。軽いプレッシャーを感じてぐっと黙る。
「そう固くならないで下さい。飽くまで、私個人の、ですよ」
「個人………?」
聞き返すと、今までの企み顔が嘘の様にふうわりと柔らかい雰囲気で笑顔。
「ただ、会いたいんです」
まるで恋をしたばかりの子供の様に。
私の方が照れて仕舞いそうなはにかみ顔。
直ぐにいつもの表情に戻ってコーヒーを啜るものだから、少し浮わついた私の心のやり場に困って視線を泳がせる。
……好き、なのかな。
「一度だけ、」
「小鳥ちゃーーあんっ!」
アイオーンの声に被せて、ソプラノの可愛い声が私を呼んだ。
「あ」
「構いませんよ。どうぞ仕事を続けて下さい、安い時給の。」
「…アイオーンは思ったより性格が悪いですね」
「光栄です」
何が光栄か。
さっきの可愛らしい雰囲気は全くなくなってしまったアイオーンの席を後にして、私はオーナーの声のしたスタッフルームに向かった。