□08 B -天才調律師の噂-

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「おいコラ」
「ぅ、ん……」
「バイト遅れんぞ」
「………………?」
「千歳んとこの店、今日18時からだっつってたろ自分で」


漸く覚醒し始めた意識を手繰り寄せて、口を開く。


「…いま…なんじ…」
「18時、20秒前。」
「…………………………………………………はぁ?!」


寝起きにも関わらず飛び上がる様にベッドから跳ね起きると、古いベッドはギシギシと悲鳴を上げた。


「ちょっ!涼!!わざとやったでしょ?!」
「はぁ?起こしてやったんだぜ?それだけでも有難がれよ居候」
「――…あ「ばぁか冗談だよ、17時19分34秒。充分間に合うっつの」
「な、っ!」


口が悪過ぎる。
本当は「生意気」っていう形容が一番しっくりくるのだけど、自分より歳上に生意気って言うのも変だから。
悔しいけど、じっとりと睨むだけに留めたのは目に入ってきたアナログ時計のせい。

なんだかんだで、17時20分。


「とりこ、」
「…ぅ」


呼ばれて、数秒間こめかみに涼の唇が触れる。
 


「ん、正常」
「…あり、が、と……」


これは「調律」って言うらしい。断じてキスではない。
最初こそ疑ったものの体調が悪くなる前日には、それを言い当てたものだから、最近は普通に受けることにしている。ううん、――…していた。
過去形になっているのは、涼とは別に、調律以外で唇をつける人が現れたからだ。


「おら、間に合わなくなんぞ。」
「うぎゃ」


お尻をペチンと叩かれて、飛び上がった所にリュックを差し出されて、あぁ服を返さなきゃだった。そう思い出すのはいつものこと。何だかんだで世話を焼いてくれるから、口さえ悪くなきゃ「イイ人」なのにと思う。


「行ってきます、……ってそうだ。女の子の部屋に入る時はノック位してくださぁい」
「…女の子って部屋かよ」
「まあね」


コンクリ剥き出し。
どこかフェアレディアに似た雰囲気の地下部屋。
私が涼に拾われた時に宛がわれた部屋のまま、最低限の家具以外何の装飾もしていない。


「じゃ」
「おー」


1階の涼の部屋に続く階段を上がって玄関に出ると、そこでATを履いて。振り返って軽く敬礼をすれば、涼は口角を少し上げて笑った。
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