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□Die Welt
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Die Welt



罪の重みをこの世界で思い知ることになるなんて。

錬金術が存在しない世界には、守りたいと思った人大切にしたい人が居なかった。これが我侭に好奇心で人体練成を探り、結果的に賢者の石を練成した自分の咎なのだと。

そう思っているうちは気が楽だった。
つらい気持ちは自分が背負えば十分だ。ただ、弟がアルが本当に別の世界で生きているのか、それだけが気がかりだった。

「向こうの世界に戻りたい」

ロケットの話を追い求めながら、罪を噛み締めながら、この世界で自分はちっぽけな存在で消えていくんだ。そう悟った。


しかし、ある時までは。



「アルッ!!!」
ルーマニアの出かけ先で、アルに会った。
違う、アルフォンスハイデリヒに。
今までの考えが思い込んでいた思いが全否定された瞬間だった。

罪の世界ならば、此処に何故アルが居る……?

しばらく倒錯して自分でもよくわからないことを口走った記憶がある。
でも、アルの、アルフォンスの対応は至って普通の一般的なものだった。

頭を冷やして、この世界にそっくりな人が居てもおかしくないことにやっと気づいた。
そうだ、アルの姿をした全くの別人……

嗚呼、これが本当の罪の形?

でも、それは時間とともに甘くなり、時折俺を苦しめた。

一緒の研究室で、一緒に夢を追いかける日常は、俺が居た世界となんら変わりなかった。隣にアルが居て、夢が叶う日を心待ちにして、楽しかった。


用意された擬似世界で、俺は一瞬我をなくす。
「かあさんのシチュー食べてぇよ……な」
何気なく言った自分の一言が神経を逆なでする。
アルフォンスは苦笑いをしながら、研究に戻る振りをする。

何よりも自分がわかっているつもりなのに。
いつのまにか自分はアルフォンスにアルを要求していた。

あの時の苦しみをなぜ分かち合えない?
あの時の楽しかった思い出がわからない?
旅して回ったたくさんの人たちに会いたくない?


何度も自答しつつ、結局は思い出に涙することしかできない。
なんて女々しい奴なんだ、俺は……

アルフォンスであってアルじゃない。
頭ではわかっていても、呼び名は「ハイデリヒ」を使わなかった。
ささやかな抵抗に自分も笑うしかない。

鏡の中にアルが居る、それだけで満足じゃないか。
だんだんとロケットの話は遠のいていった。
別にそれでもいいと。こちらの世界でアルの虚像を抱いて生きてゆく。


アルフォンスはそんな俺を心配しつつ、強く咎めはしなかった。
でも、アルは夢を諦めかけた時、喧嘩してでも俺の目を覚まさせてくれたっけな……

それは――血を分けた兄弟だから?


ミュンヘンに移ってきて、しばらくした頃俺は再び罪を重ねようとした。
静かな部屋。夜更け。板張りの床。簡素な狭い住まい。
アルフォンスは昨夜の徹夜の研究でぐっすり寝込んでいた。
胸が大きく上下している。心臓がとくとくと波打ち、全身の温度を保ち酸素を供給している。ベッドに腰掛けながら、細胞ひとうひとつが人間を形作っている様を観察する。
人体の構成元素、忘れるわけがない。弟のアルの体は俺が奪ってしまった。別の世界では五体満足、命が宿っている。

毛布から見える白い首に手をかけた。ひんやりとする肌。両手に包み込むと、血流を感じる。
俺の記憶の中に、大きく成長した生身のアルは存在しない。鎧の姿だけ。夜の孤独な時間にアルは何を考えてた?

鎧、かあさん、幼い頃のおれたち、人体練成、軍の狗、スカー、賢者の石の材料、人造人間、アル。

全ての思いが首にかけている手を強く締め上げた。
アルフォンスが死ねば、アルに会える?
違う、扉の内側に居なければ意味がない。
アルが今どこでどんな姿でいるのか、わかるか?

自分で間違っていることはわかっていた。
こんなことをしても何もならないのだと。ある有望な命を無条件に奪おうとしているだけなのだと。わかっていても力は緩まなかった。
アルフォンスの傍でアルを求める日常に、俺は耐え切れなくなっていた。
波のように押し寄せては引いていく幸せと地獄。

アルの幼い笑顔と、アルフォンスのえが、お

「んに、にいさン!」
アルフォンスが脳裏に浮かんだ瞬間、頬に強烈な痛みが走った。
部屋の端まで吹っ飛ぶ。急に世界に音が戻ってきた。
ベッドの上でアルフォンスは激しく咳き込んでいた。
「な、なにす すんです か!?」
アルフォンスの目にはじわりと涙が浮かび、自分の両手には大量の引っかき傷が残っていることに気づく。
思いつくばかりの悪態をアルフォンスは途切れ途切れに叫んだ。
「しょ、しょうきじゃないこと、ははわかってましたけどっやっぱり」
息を整えぜーぜーと息をするアルフォンス。

「正気じゃない」

俺は全身の力が抜け、目の前のアルフォンスをただ見つめていた。
「あなたが、勝手に、自分の弟像を押し付けるのは」
俺とアルフォンスの距離は狭い部屋ですごく遠くなっていた。
「不愉快でしかた、なかった」
手の引っかき傷がじわりと血をにじませ痛む。
「僕はこの世界で、生きているんです」
嗚呼、こういう結果を待ってたんだ。

「あなたとは、違う!」

つらいなら離れればよかったのに、それができない自分の弱さが首を絞めさせた。
アルフォンスが咳き込みながら言い放った言葉を俺は何度も反芻した。

いつまでたっても……やってから毒の味に気づくんだ。

しばらく無音が続いた。夜はいよいよ深まり、寒さも増してくる。手の血の熱さと床の冷たさ。時折、ハイデリヒのきつそうに咳き込む音が部屋に響いた。

「なんの為に自分が生まれてきたのか、時々考えますか?」

さっきとは違って静かに語りかけるような声だった。俺が答えなくとも、ハイデリヒはすらすらと続けた。
「僕はよく考えます。ある日生まれてある日死ぬ。ごく一部の人が歴史に名を残し、あとは石碑に名前が刻まれるただそれだけ。最終的にそこに向かうのはわかりきっているのに、誰もが長い年月をかけて苦しい思いも楽しい思いも背負って生きています。でもそれが世界を作っているんですよね」

全は一、一は全。

無人島で自分の命が消えかかっている時に、嫌でもよぎった思い。

「あなたのつくる世界はどこにあるんですか?」

俺は思わず顔を上げた。ハイデリヒはベッドを降りて、俺に近づき、冷たく硬い床に座り込んだ。
「両方かもしれないし、あっちかもしれない。両方なら苦しみや楽しみは二倍? 単純計算で。どうでしょう、エドワードさん」
俺は恥ずかしくなってまた俯いた。ここにも錬金術があるじゃないか。アルフォンスに諭されながら、俺は小さく笑った。
「あなたが陰で泣いてたのは知ってました。僕はこの世界でしか生きられないから、あなたの苦しみをわかってあげられないかもしれない。でも、今あなたはこの世界にて僕はあなたの傍に居ます」

胸が温かくなるのと同時に糸がほぐれた気がした。

「もう少し頼ってくれてもいいじゃないんですか。あなたが居るべきなのがあっちであれこっちであれ、僕はこの世界の住人としてあなたを助けたいと思っています」
アルフォンスはにかりと笑った。たまらず泣き出してうつむいた俺の頭をポンポンと叩いてくれる。

アルフォンスもアルも俺を全力でサポートしてくれる。駄目な時は怒り諭し励まし、また立ち上がらせてくれる。そんな存在を心からありがたく思った。

「にしてもお前よく喋るなぁ」
「エドワードさんが喋らない分喋ってあげたんですよ!」




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