◇Novel
□席替えに望みを託して
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「おいワカメ」
すぐ傍で聞こえてきたその言葉に、ギルバートは心底嫌そうに書類から目を離し、仁王立ちのアリスを見上げる。その際に「ワカメいうな」といつもの決まり文句を言うのも忘れない。
「なんだ。なんか用か?」
「用が無ければ、誰がオマエに声なんか掛けるか。明日のことについてだ」
明日?授業のことで何かあるのだろうかと訝しんだギルバートを見て、ハンッとアリスは見下した笑みを浮かべた。「席替えのことについてに決まってるだろう?」
ああ、そのことか。と肩を緩めるギルバート。毎月一日になると席替えをするのがこのクラスの恒例行事なのだ。そしてその席の配置を決めるのが担任である自分であるため、そのことについて言いたいことがあるのだろう。
「なんだ。またオズの近くの席にしろとか言うのか?」
いや、それもあるが。そこまで言うと、視線の先に見つけた一枚の紙切れをピッと引き抜くアリス。上に積み重なっていた書類が無造作に床へと散らばっていった。眉を潜めるギルバート。
「なんだ。もうこんなに決めていたのか」
そう声を上げるアリスの手には席替えの座標。割り当てられた空白の中に個々の名前が書いてある。その名前を視線で追っていたアリスだが、ふとある名前を見つけ眉を潜めた。
「・・・なあ、なんで一番前の席がオズなんだ?」
教卓の前の席に書かれていた名前。それはオズだった。低く訊ねるアリスとうって変わって、ギルバートは不思議そうな顔をしていた。
「オズは頭だけはいいだろう?それならば、きちんと授業を聞けるようにした方がアイツにとっても都合がいいだろうしな」
「それだけの理由なのか?」
睨むように訊ねるアリスに、ああ。と告げるギルバート。『それだけの理由』ではなく、『もっとも過ぎる理由』だと思うのだが。
「だめだ」
「は?」
「この席だけは駄目だ。絶対変えろ」
声のテンポを変えず、淡々と言い張るアリス。一瞬何を言われてるか分からなかったギルバートもすぐに立ち上がり「はぁ?なんでだ?」と訊ねると「本当に分からないのか?」と苛立ちを隠さない声音で返される。アリスが自分に突っかかってくるのはいつものことだが、ここまであからさまな敵意を向けてくるのは、珍しい。
アリスは盛大なため息をついた。
「・・・オズがオマエのことを好きなのは知ってるだろう」
そんな時にこの席にしたら・・・と言われてはっとなる。
「好意でこの席にしてくれたと勘違いをするんじゃないのか?オズの身にもなってみろ」
要は『期待させるな』ということを言いたいのだろう。
「だが・・・」
「あのなあ、実際のところオマエはオズのことをどう思ってるんだ?」
それは唐突なアリスの質問。
どきりとした。
どう思ってる?そんなこと。
「アイツはただの、このクラスの生徒だ。それ以外に思ってることなんて無い」
それだけだと。ギルバートは言った。
「・・・ふーん」
アリスはニヤリとした笑みを浮かべる。
「そうかそうか。じゃあオズを私のモノにしたって文句は無いワケだ」
上機嫌でドアへと向かい、席替えの表を放るアリス。出て行く際に「まあせいぜい仕事をがんばれよ」というセリフを残して。
とたんに静かになった教室。ギルバートは静かにイスに腰掛ける。
ただの生徒。そう思っているのは真実だ。ウソなど言っていない。
そう、思っていた。
じゃあ、なぜ『ただの生徒』といった自分に対してどうしてこんなにもイライラしているのか。
『オズを私のモノにする』という言葉になぜこんなにもショックを受けている?
ダメだ。今は何も考えるな。今はこの大量の仕事を片付けるのが先決だ。
今のギルバートはそう思って無理やり心を切り替えるしかなかったのだ。
―席替えに望みを託して―