◇Novel
□…少しばかり、優しすぎる
1ページ/2ページ
あれは、ぼくが悪かった。それはよく分かってる。でも、それでも・・・。
―少しばかり、優しすぎる―
「はあ・・・」
何度目か分からない溜め息が漏れる。ぼくは視線を下に落として、花園に咲き乱れる小さな花を一つ摘み、輪郭をなぞるようにしげしげと眺める。
「喜んでくれると、思ったんだけど・・・」
そう思うと、考え無しだった自分に泣けてくる。じわりと滲んできた涙を零すまいと、見上げた星空は何処までも澄んでいて、広かった。
珍しく、クラウスが風邪を引いて寝込んだ。ぼくから見ても、お兄ちゃんは熱もあって苦しそうで。
なんとか元気づけてあげようと思ったぼくは、普段お外で遊ぶのが大好きなクラウスに、せめて野原と同じ空気を味あわせてあげようと花を摘みに行ったんだけど、いつもの遊び場の花は、踏み散らされて、枯れちゃってて。だけど、ぼく諦めきれなかったんだよね。だからいつもは『危ないから近寄っちゃダメ』ってお母さんに禁止されてる、この崖の上のお花畑まで摘みにきちゃったんだ。喜んでくれるかな。って一心で。
なのにお兄ちゃんは喜ぶ所か『なんでそんな所まで行ったんだよ!何かあったらどうするつもりだったんだ!』って凄い剣幕で怒鳴ってきて。だからぼくも思わずカチンときて、怒って家を飛び出しちゃったんだ。
そりゃあ、お母さんとの約束を守らなかったぼくのほうが悪いよ?そこ等辺はちゃんと分かってる。でも、ぼくはただクラウスに元気になってほしくてここまで来たんだもん。あんなに一方的に怒られるとはさすがに思ってなかった。クラウスにとっては『ぼく』より『お母さんとの約束』の方が大事なのはよく分かってるけど・・・。
・・・どうしよう。また泣きたくなってきた。
膝を抱いて涙と寒さを堪えていると、突然体にふわりとした、暖かいものが巻きついてきた。慌てて肩越しに後ろを振り返ると、鮮やかなオレンジ色の髪が頬にかかる。どこかほっとした表情をしている彼は、ぼくをずっと悩ましていた人物そのものだ。
「クラウス・・・?」
ぼくはクラウスに後ろから抱き締められていて、全身を暖かい毛布で包まれている。来た事に全然気付かなかった。
動揺するぼくに構うことなく、クラウスは一言「よかった・・・」と呟くと、ぎゅうって抱き締めてくる。ここに居る事を確かめるように、強く、強く。
ぼくはなんて言ったら分からない。怒ってたんじゃなかったの?とか、熱は下がったの?とか聞きたかったのに、口から出たのは「あ、あの・・・お兄ちゃん?」という弱々しい言葉だけだった。その瞬間、クラウスは「ごめんな」と突然謝って、項垂れた。
「え?」
「その・・・花。僕のために摘んできたんだろ?なのに、いきなり怒ったりして・・・本当にごめん」
違う。違うよ。ぼくはクラウスの腕を解き、正面から向き合った。背中越しに想いを伝えるより、この方がいいと思ったから。
「違うよクラウス。悪いのはぼくだもん。ぼくが・・・ちゃんと約束守れなかったから・・・。ムダな事しなければ、お兄ちゃんを困らせる事も無かったんだ」
「ムダなんかじゃない。その・・・な、とても、嬉しかった。本当に嬉しかったから」
ありがとう。彼はそう言ってはにかんだ。それは慰めではなく、本心で言ってることだと分かる。
良かった。喜んでくれてたんだ。
嬉しくって、恥ずかしくって、照れくさくって。顔を見られないように、思わず今度はこっちからぎゅうって抱き付くと、クラウスは小さく笑って、ぼくの背に手を回してくれた。
髪同士が絡み合うような、近い距離。クラウスはぼくの耳元で
「・・・僕は嫌なんだ。リュカが怪我したり、居なくなったりすることが。僕は、リュカを失いたくない。いつか、どっちかが居なくなることがあっても、ずっとずっと傍に居てほしい。だから・・・その、あんまり危険な所には行くなよ?お前が居なくなると思うと・・・耐え切れない」
彼の声は、震えていた。いったいどれだけ心配をかけたんだろう・・・。
ごめんね。
本当はそう言わないといけないはずなのに、ぼくの心の中を占めているのは、そんなに想ってくれて、ありがとう。それだけだった。
顔が火照るのは、クラウスの体が熱いせいだ。胸の辺りが温かいのも、全部全部、クラウスのせい。そう思いながらも、触れ合う体温を離しがたくて、僕達は暫らくの間、互いの鼓動を聴き合いながらずっとずぅっと抱き合っていた。