‡長編小説‡

□第8楽章−ナダ(涙)−
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この居間に、僕一人が残されてから数時間。
どれだけ呪っても足りない己の情けなさも、
自分の全てが彼女を傷付け、悲しませているのだと感じながら、
幾度月を見上げても、変わり無く美しい月がやはり同じに妬ましかった。

まるで、美しい月を邪魔する都会の街灯のようだ、と感じると、そんなモノの無いこの島自体に自分は不釣り合いにすら感じられた。

僕は力無く立ち上がると、そのまま庭へ出た。

つい、数時間前、恵が踏み締めた土を感じた瞬間、全身の血が沸き立つような、それでいて全てが凍てつくような、
湧き出るモノが涙なのか、何なのかも理解しようと出来ない
そんな知りもしなかった感情が僕を襲った。
いや、「襲った」と述べるものの、実際は出会った、といった感じで、
その突然の出会いに、とにかく僕は理性を失った。

理性を失うと、人間は目の前が真っ暗になり、周りが何も見えなくなる。…と、それまでは、漠然とそう思っていたが、
否、
意外なまでに視界は広く、一つ一つを冷静に見て理解出来るのだ…と言って良いだろう。
庭に咲く花達。
その種類、色。
木々。いつもここにあんな鳥が遊びに来たな…なんて、そんな事すら普通に考えながら、その一方では、狂ったように声を漏らし、花達を踏み付け、木々を己の拳で殴りつけ、葉をむしり取っては投げ付けた。

「バカだ。おまえはバカだ。」

自分に放ったこの台詞は、独り言で片付けるには少し大きすぎる声だったと思う。



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