‡長編小説‡

□第三楽章−想起した記憶−
1ページ/10ページ

始めて思い出した記憶。

音楽。

しかし、僕という人間について記憶を思い出した日の事を話したい。

こんな事があった。


僕は、この家では亮介の使用していた部屋を借りていた。
その日は僕が居間でピアノを弾いていると、
その部屋から音楽が流れて来た。
恵は出掛けていたし、僕には、すぐに亮介が部屋でCDを聞いているのだと解った。

もうすぐ恵も帰って来るから、先日幸子さんにダメ出しを貰ったショパンを、恵と亮介に聞かせようと練習していたのだが、
その音楽が気になり、部屋へと足を運んだ。

それと言うのも、流れて来たその音楽はピアノ曲だったからだ。
いつもなら、もっぱらスカやレゲエが流れる亮介の寛ぎタイムなので、珍しさも有り、興味を引いた。

そのピアノの音は、
クラシックのそれとはまるで違うものに聞こえた。

それはジャズピアノ

僕は知らずのうちに聴音し、
指はそれに従い動き出した。
もちろん僕も何度も聞いた事は有るだろうが、
専門では無いのか、弾ける自信はかけらも無かった。しかし、ピアノの音を聞くと指が動くのは、すでに癖のようなものだ。

「それは 誰の演奏?」

亮介の寛ぎタイムはどの部屋で行われても、常にドアは開けっ放しなので、入室するのは容易だ。
それに気が付き、
人が居間でピアノを弾いているのに、開けっ放しの状態でピアノ曲を流すデリカシーの無さを問いたくもなったが、今更なので諦める。

「アートテイタムさ。ジャズも弾くのか?」

少し嬉しそうに聞くので、申し訳なかったが、僕は首を横に振り
なさけないね
と、付け足した。

そのアートテイタムは僕も知っていた。
リストにも通ずる才能を持ち、ドヴィッシーのような複雑なコンセプトを吸収出来ている
ジャズピアノの神様だ。

クラシックとジャズは近くて遠い、遠くて近いお隣りサンだと、僕は理解している。

同じ土俵で愛する事が、出来ない訳が無いはずなのに、それがスムーズに出来ている人は以外と少ない。
むろん、僕もそれが出来ている人間では無かったが…。

その偉人の演奏は、僕の耳に始めて聞く音の様に聞こえた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ