‡長編小説‡

□第二楽章−音楽−
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ただ一つだけ。

始めて思い出したピアノと言う記憶。
その記憶は僕の心をいくらか楽にした。

まだ、恐怖も頭痛も消えはしなかったが、
僕には笑顔が戻ってきた。
何より亮介や恵と、より交流を深める事が出来た。
それは音楽と言う共通語のおかげ。

亮介はこよなく音楽を愛する人間だった。
もともと東京でも楽器はやっていたらしく、本気で三線を学びたく島への移住を決めたらしい。
彼の三線は、それは美しく楽しげに鳴る。
彼が得意と言う、美ら弾き(ちゅらびき)=早弾きのカチャーシー曲は沖縄ならではの速いリズムの舞踊曲で、
流石の腕前だったが、僕は、緩やかに響く叙情的な曲も素晴らしいと思った。

恵は彼の旋律に乗せて綺麗な歌声を響かせた。二人は度々、いくつかの島唄を僕に聞かせてくれた。

その音達は、馴染みも無いはずなのに懐かしく感じ、僕を癒し続けた。
音楽の優しさは不思議なものだ。


ある日、二人は僕に一人の女性を会わせてくれた。

彼女は亮介の恋人で、
名を幸子と言った。
亮介と同じ歳程らしいが、いくらか若くも映るルックスだった。
スタイルは良く、スラリと伸びた足にタイトな布を巻き付けるタイプのロングスカートが似合った。
丈の短いキャミソールから覗く肌は健康的に焼けていて、
真っ黒な髪を上の位置で結わきターバンを巻いたスタイルは彼女らしさを演出していた。


「よろしくね〜政司ちゃん」

笑顔は人懐っこい。

なるほど、亮介の恋人らしい人だ。と、こちらも、やや長い真っ黒な髪を、無造作に巻いたタオルでごまかしたスタイルの不精髭の男、亮介を眺めて苦笑した。

二人はもう5年もの付き合いらしく、若い恋人と言うよりは、息の合った夫婦のような絶妙なコンビネーションだった。

驚いたのは幸子さんの音楽への愛とその豊富な知識だった。
島唄は勿論、クラシックもロックもレゲエも彼女の知識は、全ての音楽に渡った。

「幸子はクラシックも好きだからな、おまえのピアノ、聞かせてやってくれよ。」

「..あぁ、弾けるなら喜んで。」


僕はすぐにピアノへ向かった。

何でも良いと言われ、やはり僕はショパンを選んだ。
この頃は何故か僕の頭には常にショパンが流れていた。
それはまるで、フレデリック.ショパン。彼自身が、その数奇な運命を僕に見せようとしているかに思えた。
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