‡長編小説‡
□第一楽章−離島−
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僕は真っ白な世界にいた。
いや、居るのは一人の青年だった訳で、僕はそれが僕で有る事を理解していたのに、理解しきれていなかった。
そうだ、
呼び掛けてみようか?
そう思ったが直ぐにそれを止めた。
…何を呼ぶんだ?
僕は僕の名前を知らない。僕なのに。僕だと言うのに。
助けて。
「お〜い、あんたは浅見政司サンか〜?」
急に耳に入った言葉は僕の名前だ、と何故か直ぐに理解した。
そして目覚めた僕は見知らぬ天井と見知らぬ男を見つめていた。
とたんに僕を恐怖感が襲った。
ここは何処だ?気温は暑い。けれど寝かされていた状態から半身起き上がった僕の身体は震えていた。
先程僕の名前を呼んだ男はその焼けた肌の顔にいっぱいの笑顔を浮かべ
「あんたのジャケットにネイムが刺繍されてたから呼んでみたさ。合ってたかな?」
と言った。
僕は気が狂いそうな恐怖感に奮えながら
知らない と答える。
次第に息は苦しくなり強く目をつぶると、絞り出すような悲鳴を漏らした。
「?!おい!大丈夫か?!」
その男は慌てたように僕の肩を掴もうと手を延ばして来た。
「うぁ、あぁっぅ!」
あえて形容するならばこんな文字だろうか?そんなうめき声を上げ僕は彼の手を払いのけ、さらに男から遠ざかるように、布団をいささか離れていた。
「どうしたの?!」
さらに僕の寝かされていた居間のような広い和室に一人の少女が駆け込んで来た。
僕と歳の変わらぬであろう少女は心配そうに僕を見た。
その眼差しは僕の恐怖心を煽った。
息は既にはくだけになっていた。肩で息をしながら僕は俯いた。
苦しくて仕方なく、吐き気がした。手の平を口元に押し当てたが、何も吐けず僅かな胃液と激しい咳が口をついて出た。
なおも胃液を吐き続け肩で息をしながら僕は激しい頭痛すら感じた。先程まであんなに拒否してた男の腕を震える手で掴むと、僕は少しづつ言葉を喋った。なかなか上手く喋れず、何度かチャレンジしてようやく言葉にしたそれはまるで幼児か小学生のような喋り。
「…ぼくは…解ら、ない。自分誰.か、解ら、ない、記憶、白、くて、何も、無い。」
涙で歪んで二人の顔はよく見えなかった。
彼の腕にもたれるように僕はまた眠りに落ちた。
そんな状態だったのでその時には全く解らなかったが、僕は沖縄の離島に居た。