‡長編小説‡
□前奏曲−記憶のエチュード−
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若干20歳の頃、日本で注目を浴び始めた僕の肩書は、今と同じく「天才ピアニスト」。
一目見ただけで楽譜通り弾きこなして見せた。そこには一音のミスタッチすら無い。
フォルテなら強く弾いた。ピアノなら弱く弾いた。
間違いなど僕の世界には存在しなかった。
同時に、曲想なんてものも存在していなかった。
コン.アフェット。愛情をこめて。
解りもせずに技巧だけでそれらしく弾いていた。
全てが完璧。
ノーミスの極致。
まるで「機械の旋律」
日本の天才ピアニスト浅見政司は、単独ドイツで勉強中の冴えないピアニストだった訳だ。
僕は日本で初CDを出した直後、20歳を待たずに一人ドイツに渡りピアノを弾き続けていた。肩書に並べない力量に苛立ちながらも。
そして、今から5年前、23歳になった僕の元に信じられない報せが届いた。
父の死。
それは、僕という人間を弱らせるには充分過ぎる力を持った現実だった。
もともと気の弱い僕にはあまりに大きなダメージで、当たり前のように思考回路はパニックに陥った。
父は我が家、いや、僕にとって、絶対の存在だったのだ。