頂き物

□永久の契り
2ページ/5ページ







「身…請け…?」



耳を疑う。



「お前の客に黒田様っていただろう?あのお方が申し出てくださったんだ」

「黒田様……」


記憶にある。
この間も気の済むまで己を抱いた男。
過剰な気に入られ方をされた自覚はあった。
でも、まさか。


「菖蒲。お前を無くすのは惜しいがね、黒田様がお気に召されたなら仕方ない」

「……………」


都合のいい。
大方、大金積まれて二つ返事で了承したんだろうに。
ここにいる遊女を金儲けの道具としか思っていないこの人が、自分を惜しむ筈がない。


「もちろん、お受けするんだろう?」



いいえ、お断りさせて頂きます。

そう言えたら、どんなにいいか。




「はい…。お断りする理由など…御座いません」






(時雨……)





決して、呼んではならない名を、叫んだ。












闇が訪れる。


もうとっくに客を取る時刻。
だが菖蒲は、自室の襖を開け放ち、そこから見える月をじっと眺めていた。

承諾の意を示したあと、今日から客を取るなと言われた。
黒田からのお達しらしい。
娶ると決めた女が他の男と夜を共にするなど許さない、といったところだろう。
女なんて他にいくらでも言い寄ってくるだろうに、敢えて遊女の自分を選ぶとは可笑しな話だ。

月が雲に身を隠す。

唯一の光が夜空から消え、菖蒲の心を体現するかのように、彼女の端整な顔に影が落ちた。


太夫を見る者は一様に光を纏ったかのように美しいと言うけれど。

こんな光は、いらない。



「菖蒲、いるか?」



本当に美しいのは、自分のように淫靡で汚れた光などではなくて。





「久しぶりに、話をしようか」



彼の持つ、淡くも凛とした、月を感じさせるヒカリ。












「お前が来てから随分経つな」

「もう、十年…になる」

「そうか、十年も…」


十年。

傍にいたいと願い続けていたら、あっという間に過ぎた年月。


「もう、知ってるんだろう?」

「……………」

「あたしが、見受けすること」


真っ直ぐ正面から見据えれば、逸らさずに見返してくれる。
頷いて肯定する時雨を確認して、菖蒲は哀しげに笑った。


「清々するよ。此処に来た時から此処を出たいと願ってたから」


ギュ、と拳を握って本心を押し隠す。
それでも時雨の顔を見ていたら何もかもさらけ出してしまいそうで、思わず目を反らした。


「菖蒲、」

「ッ、……」

「泣きそうな面して言う言葉じゃねぇよ」


でもやっぱり、気づかれてしまう。
残酷なくらい優しい人。


「黒田様のところに行くのが、嫌なのか?」


首を振る。


「…此処を出たくないと、思うようになったのか?」


また、振る。

違う、違うんだよ時雨。
あなたと離れたくない。
ただ、それだけなんだ。
言ってしまいそう、何もかも。身体中を焦がすこの想いに、抑えが利かない。




「これは…どういうことだ」




喉まで出掛かった言葉を遮ったのは、怒りに満ち満ちた第三者の声だった。







.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ