頂き物

□永久の契り
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どんなに絶望に突き落とされようとも、最期にあなたの腕の中で眠れたなら、それでいい。










「失礼いたします。菖蒲で御座います」







生きる理由を、あなたは与えてくれた。















「また来る」
「心よりお待ち申し上げております」


上客の姿が見えなくなるまで深く頭を下げて、菖蒲は溜息と共に顔を上げた。
手加減というものを知らない客は、時間が許す限り自分を抱く。
その間の虚無感といったら、言葉では説明できない。


小さいながらも陽の光に映える庭を眺めながら、自室へ戻って身形を整えようかと考える。
風もなく穏やかな日和に瞳を細めて微笑んだ。








瞬間、






「―――…」







耳に届く。
聞き間違うはずもない。


声。


匂い。


それから―。





「時雨……」





生涯変わらぬ、愛しい人。









「菖蒲、」

「時雨…、仕事はどうしたの」

「終わった」


高鳴る胸を誤魔化すように咎めたら、屈託のない笑みを返されて逆効果。
雑務なら探せばあるだろうに、菖蒲が仕事のない時間を見計らってこうして会いに来てくれる。
菖蒲がこの世界に踏み込んだときから、彼は共にいてくれた。


『おいガキんちょ。イヤなとこに来ちまったなァ』

『…っ好きで来たんじゃねーよ!こんなとこ、すぐ出ていってやるッ』

『おうおう、威勢いいなァ。気に入った』

『…………』

『お前が此処を抜け出すまで、見届けてやるよ』

『おまえ…だれ……』

『俺はこの店の雑用を任されてる。時雨だ』







金儲けの道具としてではない、卑しい存在としてでもない。

ただ独りの女として見てくれた。

芽生えた恋心は消えず残ったまま、時には自身の糧となり、時に自分はその資格はないのだと思い知らされる。
幾重にも抱かれ汚れたこの躯、この人に触れることさえ赦されない。







「菖蒲?どうした」


訝しげな声で我に返る。


「何も…」




想いを告げる気はない。
告げることなど、出来ない。

これでいい。

彼を焦がれる気持ちが、自分の生きる道標。







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