頂き物

□今までも、そして、これからも
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「え、五日?」




五月五日、ちょうど端午の節句に小さな捕物があると土方が告げれば、銀時は大袈裟な
までに反応した。










見回りのついでに万事屋に立ち寄った土方は、すぐ帰るからと玄関でその事を伝えた。
予想外に大きく反応されて一瞬なにか約束をしていたかと思いもしたが、記憶を辿って
も覚えはなかった。

「マジかよー、五日来れねェのか」
「…その日なんかあったか?」

自分の記憶違いということもあるかもしれない。
土方は一応訊いてみた。
すると銀時は、微かに瞠目したあと苦笑いを浮かべて言った。



「お前の誕生日だろ。ったく自分の事にはとことん無頓着なのな」


「………………あ」



そうだった。
五月五日は自分が産まれた日だ。
すっかり失念していたらしい土方の様子を見て、銀時はやれやれと肩を竦める。

「まぁ無理もねェか、職業柄ンなこと考えてる暇ねーしな。その捕りモン、夜には終わ
んのか?」
「あ?あァ…多分な」

上手くいけば(総悟辺りが余計なことをしなければ)、簡単な報告書を提出するだけで終
われるかもしれない。

「ふーん…」
「?俺ァもう行くぞ」

思案顔で黙り込んでしまった銀時に背を向けると「おー、またな」と曖昧な返事が返っ
てきた。

(今日は随分あっさりしてる…)

いつもは帰ろうとするとウザいくらい引き止めてくるのに。
少し寂しく感じて閉められた万事屋の戸を振り返るが、再び開かれることはなかった。









「副長、攘夷浪士三名、捕獲完了しました」
「よし、事後処理して終わりにしろ」

一段落ついて土方は煙草に火を点ける。
身体に染み渡る煙にホッと息をついたとき、後ろから声が掛かった。

「トシ、事後処理が終わったら今日はもう上がっていいぞ」
「え、でも報告書…」
「それくらい俺がやる。今日は簡単そうだしな、俺にも出来るだろ?」

人の良い笑みでそう言う近藤に土方は食い下がる。
だが結局はその笑顔に負けて、甘えることになるのだ。

「じゃあ、頼む」
「おう、任せとけ」

事後処理が終わったのは陽が傾き始めた頃で、近藤のおかげで予想以上に早く終わった





陽が長くなってきたせいか、土方が屯所に着いたときもまだ太陽は沈んでいなかった。
こんなに早い内に仕事を切り上げられることは滅多に無くて、なんとなく気分は上昇す
る。
少し血の臭いが漂うスカーフを弛めて自室の戸を引いた土方の目に、机上に置いてある
一枚の紙が映った。

「新しい書類か…?」

上着も脱ぎ捨てた状態で紙を取る。
その紙に書かれた、お世辞にも上手いとはいえない字の羅列を追った土方の目が大きく
開かれた。

「…………ッ」

疲れた身体が嘘のような俊敏さで隊服を脱いでいく。
汗やら血やらの身体は不快極まりなかったが、今はそんなことを気にする余裕もなく着
慣れた着流しに身を包んだ。
机に置かれた紙を引っ掴んで、さっき入ってきたばかりの自室を飛び出した。





『仕事お疲れさん。池田屋で待ってるぜ』



差出人不明の短い文章。
しかも土方が来ること前提のなんとも身勝手な置き手紙だが、土方を動かすには充分だ
った。


僅かに息を切らした土方が池田屋の暖簾を潜ると、土方の顔を見るなり店の主人がハッ
として走り寄ってきた。

「真選組の旦那、どうぞこちらへ」

導かれるまま二階へと登り一つの部屋に案内される。

「旦那のご友人がお待ちでさ。あっしは失礼しやす」

深々と頭を下げて去って行く主人を見送ったあと、襖で閉じられた部屋を見つめる。
ここまで自分を呼び出した天然パーマにどんな文句を言おうか思案しながら、土方は襖
に手を掛け、引いた。


一歩部屋に踏み入った瞬間、強い引力によって傾く身体。


「!?……んぅッ」


腰に回る腕、顎に掛かる手、塞がる口。



香る、甘ったるい匂い。



「ぎん…ッふ…」

深く繋がった唇は確かによく知ったもので、離れ際にぺろりと上唇を舐めて熱を残す。

「すげー嬉しい。来てくれてありがとな」

やっとまともに見ることが出来た銀時の表情は、いつも以上に優しかった。

「…強制的だろ、あの文章は」

短いと言えど濃厚なキスの余韻を残したまま、それでも素直になれない土方はそう返す


「でも来るか来ないかはお前次第だろ」
「俺が仕事長引いて来れなかったらどうするつもりだったんだよ」
「それはねェな」

やけに自信満々に言う銀時に首を傾げるが、すぐに思い当たる。

「…近藤さんに入れ知恵しやがったのは、てめェか」
「入れ知恵って…人聞き悪ィなオイ」

溜息と共に睨んでくる土方に銀時は苦笑いする。

「たまにはゴリラにやらせとけよ、やるときゃやる奴だよアイツは」
「テメーに近藤さんの何が分かるんだよ。あの人はなぁ、報告書とかの類いが大の苦手
なんだよ!」

いくら簡単な報告書とはいえ、やはり任すべきでは無かったかもしれないと、土方は今
更ながらに後悔する。

「だーいじょうぶだって。そんなことより今日はお前の誕生日だろ?少しくらい肩の力
抜けよ」

だが、ちゅ、と口の端にキスされてしまえば意思とは関係なしに身体が弛緩しまう。
銀時が持つ包容力(男に使う言葉ではないかもしれないが)に、自分でも気付かない内に
依存してしまっていることに、土方は溜息をついた。

「誕生日っつってもな…。特にやりてェことも無い」

銀時と違って暇な時間など滅多に無い土方は、息抜きの仕方など思いつかない。

「なら、今日の残りの時間、俺に預けてくれよ」
「…テメェに?」
「そ。まぁ取り敢えず連いてこいや」

銀時はそう締め括ると、土方の手を引いた。


もちろん、部屋を出てすぐに振り解いたが(だって恥ずかしい)。







陽が傾き、行き交う人々は家路を急ぐ。
そんな中、黙々と進む銀時を追う様にして土方は歩いていた。

「どこに行く気だ?」
「あー、俺たちの足跡を辿ってんの」

訊いてみても理解不能な返答しかなく、土方は少し不機嫌になる。
歩きタバコ禁止である歌舞伎町で堂々と煙草を咥えると、イライラを抑えるために深く
吸い込んだ。



「着いたぜ、『多串くん』」

前から掛かる声に土方は顔を上げる。
銀時の背後には、何の変哲もない瓦屋根の家が建っていた。

「此処が何だってんだ。それに俺は多串じゃ、………」
「…思い出したか?」

言葉を途切れさせた土方に銀時は嬉しそうに笑う。
ここは銀時と刀を交えた場所だった。

「池田屋が最初だけどよ、ちゃんと話したのはココが初めてだっただろ?」

思えば、互いを認識して対面したのはこの場所だった。
第一印象はお互い最悪だったのに今は恋仲なんて、考えると笑えた。

「なに笑ってんだよ」

珍しい、と顔を覗き込んでくる銀時にまたフと笑い、土方は煙草を指に挟んだ。

「別に。人生何があるか分かんねェと思っただけだ」

土方の答えに首を傾げる銀時だったが、土方が理由を教える気がないと悟ったらしく潔
く態度を切り換えた。

「よっし、じゃー次行こうぜ」
「まだあんのか」
「当然。俺たちの軌跡はこれで終わりじゃねーだろ」

軌跡ってなんだ、クサいんだよ。
そう言おうとしたのに、やけに男臭い銀時の笑みに見惚れて言葉を飲み込んだ。

(いつも冴えねェ顔してるくせに)

こんな時だけ、狡いと思う。
初めて剣を交えたときも、上辺だけ見ていた自分は鮮やかな武士道を魅せつけられた。

あの頃はまだ、恋慕の情など欠片もなかったけど。




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