短編
□変わらない祝福
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『願い事を書いた短冊をつけるなら、高いところがいい』
そんなことを言っていたのは誰だったか。
記憶が古すぎて、誰が言っていたのか、何故そんなことを言っていたのか…、そして自分は何故そんなことを覚えているのか、分からない。
思い出せない。
けれど。
「総悟、何やってるんだ?」
「これをっ、一番、高い、ところに、つけたいんでさァ…!」
「これって…、短冊か?」
近藤さんは不思議そうな顔をして、俺を見ている。
「そうでさァ。…チッ、届かねェ。」
こんな時、まだ身長の低い自分の体が恨めしい。
「…似てる」
「何が?」
手を伸ばしても届かない苛立ちは、あの人への想いに似ている。
どれだけ俺が手を伸ばしても。
あの人は『ヤツ』しか見ていないから。
届かないんだ。
だが、届かないからと言って、あの人に対する想いが消えることはなく。
逆に増していくのだから、困ったものだ。
「総悟…?そんなにあそこにつけたいなら、俺がつけてやろうか?」
余程酷い表情をしていたのか、近藤さんが心配そうに聞いてくる。
「いや…もう、いいんでさァ。…届かないなら、諦めるしかねェ…」
それは、短冊のことなのか、あの人への想いなのか。
自分でもよく分からなかった。
「何やってんの、土方」
そんなことを考えていると、今一番聞きたくない声が聞こえてきた。
しかも、隣にはあの人がいる。
「短冊、一番上に付け替えてんだよ」
「何で?」
苛立つ気持ちを抑えて二人の会話を聞いていたが、次に聞こえてきた言葉に俺は目を見開いて驚く。
「だって、少しでも天に近い方が、願い事叶いそう、じゃねーかッ」
あぁ、思い出した。
『短冊をつけるなら、高いところがいい』
そう言ったのは、あの人だ。
まだ幼かった頃の七夕。
願い事を書いた短冊を何処につけようか迷っていた俺に、彼は言った。
『どうせなら、高いところにつけたらどうだ?』
『何で…』
『何でって…、天に近い方が、願い事叶いそうじゃねーか。』
ふわりと笑いながらそう言う彼はとても綺麗で、思わず見惚れてしまったくらいだ。
けれど、それを認めることが悔しくて。
『ガキ』
『んだとコルァ!!』
ちょうど、そのくらいだろうか。
あの人を虐めることが楽しくなったのは。
いや、『楽しい』というより、あの人を虐めることで感じられるモノは『優越感』。
あの人は俺の言ったことにいちいち反応して、いちいち怒るから。
普段あまり感情を出さないあの人が、自分の前だけでは出してくれる。
そんな、優越感があった。
そしてこれから先ずっと、あの人の隣にいるのは俺だと思っていた。
なのに。
「…オメーってよ、普段スゲー大人なくせして変なトコ子供っぽいよな」
「んだとコルァ」
今、あの人の隣にいるのは俺ではなく『ヤツ』だ。
あの人は昔の俺にしたのと同じように『ヤツ』に対して怒り、そして…、笑っている。
何で。
あの人の隣で、あの人を支えて、あの人を幸せにするのは。
『ヤツ』ではなく俺だった筈なのに。
否、俺であって欲しかった。
俺があの人の隣で、あの人を支えて…
俺があの人を幸せにしたかった。