短編

□変わらない祝福
1ページ/4ページ






『願い事を書いた短冊をつけるなら、高いところがいい』






そんなことを言っていたのは誰だったか。



記憶が古すぎて、誰が言っていたのか、何故そんなことを言っていたのか…、そして自分は何故そんなことを覚えているのか、分からない。



思い出せない。




けれど。



「総悟、何やってるんだ?」



「これをっ、一番、高い、ところに、つけたいんでさァ…!」



「これって…、短冊か?」


近藤さんは不思議そうな顔をして、俺を見ている。



「そうでさァ。…チッ、届かねェ。」



こんな時、まだ身長の低い自分の体が恨めしい。




「…似てる」



「何が?」





手を伸ばしても届かない苛立ちは、あの人への想いに似ている。




どれだけ俺が手を伸ばしても。



あの人は『ヤツ』しか見ていないから。




届かないんだ。




だが、届かないからと言って、あの人に対する想いが消えることはなく。



逆に増していくのだから、困ったものだ。



「総悟…?そんなにあそこにつけたいなら、俺がつけてやろうか?」



余程酷い表情をしていたのか、近藤さんが心配そうに聞いてくる。



「いや…もう、いいんでさァ。…届かないなら、諦めるしかねェ…」



それは、短冊のことなのか、あの人への想いなのか。


自分でもよく分からなかった。




「何やってんの、土方」



そんなことを考えていると、今一番聞きたくない声が聞こえてきた。



しかも、隣にはあの人がいる。




「短冊、一番上に付け替えてんだよ」



「何で?」



苛立つ気持ちを抑えて二人の会話を聞いていたが、次に聞こえてきた言葉に俺は目を見開いて驚く。



「だって、少しでも天に近い方が、願い事叶いそう、じゃねーかッ」






あぁ、思い出した。




『短冊をつけるなら、高いところがいい』



そう言ったのは、あの人だ。



まだ幼かった頃の七夕。



願い事を書いた短冊を何処につけようか迷っていた俺に、彼は言った。




『どうせなら、高いところにつけたらどうだ?』



『何で…』



『何でって…、天に近い方が、願い事叶いそうじゃねーか。』



ふわりと笑いながらそう言う彼はとても綺麗で、思わず見惚れてしまったくらいだ。



けれど、それを認めることが悔しくて。



『ガキ』



『んだとコルァ!!』



ちょうど、そのくらいだろうか。



あの人を虐めることが楽しくなったのは。



いや、『楽しい』というより、あの人を虐めることで感じられるモノは『優越感』。



あの人は俺の言ったことにいちいち反応して、いちいち怒るから。




普段あまり感情を出さないあの人が、自分の前だけでは出してくれる。



そんな、優越感があった。


そしてこれから先ずっと、あの人の隣にいるのは俺だと思っていた。




なのに。




「…オメーってよ、普段スゲー大人なくせして変なトコ子供っぽいよな」



「んだとコルァ」



今、あの人の隣にいるのは俺ではなく『ヤツ』だ。



あの人は昔の俺にしたのと同じように『ヤツ』に対して怒り、そして…、笑っている。



何で。



あの人の隣で、あの人を支えて、あの人を幸せにするのは。



『ヤツ』ではなく俺だった筈なのに。




否、俺であって欲しかった。


俺があの人の隣で、あの人を支えて…





俺があの人を幸せにしたかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ