我が臈たし悪の華

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クィディッチチームの練習が始まり、忙しさに追われるハリーを後目にライジェルはマイペースに日々を過ごしていた。ハリーにアドバイスするために練習を見学する日もあるが、毎日参加しているわけではないのでハリーほど忙殺されているわけではない。宿題は面倒だったが、そんなことで減点されてはブラックの名に傷がつくのでサボるわけにはいかなかった。
時折、ハリーやロンが規則を破ったことの愚痴を言いたそうにハーマイオニーがこちらを見ていたのだが、ライジェルがハリーの肩を持つことが目に見えているからか、結局諦めたように踵を返していく。
聞くだけなら聞くのに、と思っていたが、あえて追うこともしなかった。わざわざ介入することでもなし、三人の問題なのだから当人同士で解決出来るならそれに越したことはない。無論助けを求められたら取り持つつもりではいたけれど。

そんなふうにまったり構えていたのが良くなかった。ハロウィンの飾り付けがされた大広間で、ふとフリットウィック教授の授業以降ハーマイオニーの姿を見ていないなと気づいたライジェルが「返したい本があるんだけど」とそれらしい嘘をついて彼女の居所をハリーとロンに尋ねたところ、「知らない」と素っ気ない答えが返ってきた。そのとき二人の表情が気まずげな色を孕んでいたのを見逃すほどライジェルは甘くなかった。また何か揉めたのか、と溜め息をつく。しかも拗らせているに違いない。それでも二人を咎めることはせず、ライジェルは二人から少し離れた場所に腰を下ろした。

「妖精の呪文の授業でまた点稼いだんだって?」
「耳が早いのねケイティ」
「君の情報が早いだけだよ」
「人気者は辛いわ」
「はは!で、どの呪文?」

からりと笑ったケイティが杖を振ることを催促するので、ライジェルは手近なパンプキンパイの皿に杖を向けて「ウィンガーディアム・レビオーサ」と唱えた。パイがふわりと浮かび上がり、ケイティの口めがけてふよふよと進んでくる。それにかぶりつき、ケイティは手を叩いた。

「んぐ、おみごと!」
「ま、これくらいは当然よ!」

ケイティ・ベルはグリフィンドールのクィディッチチームでチェイサーを務める一学年上の先輩で、たびたび練習を見に来るライジェルを気に入り仲良くなった友人である。

二人は談笑しながら食事をしていたのだが、クィレル教授が飛び込んできたことで和やかだったムードは一変した。トロールが出たらしい。
大混乱に陥った広間をダンブルドアが落ち着かせると監督生が寮生を纏めようと声を張る。
ライジェルはハリーの傍にいくとケイティに断りを入れて生徒の波に飲み込まれていった。

(どこに…)

もみくちゃにされながら人混みの中を進んでいたライジェルは、ハッフルパフの生徒の中に赤い色を見留め、グリフィンドール寮と反対の方向に向かう二人に一瞬で嫌な予感を募らせた。何処かへ向かう気だ。
ライジェルの思考回路は目まぐるしく活動し直ぐ様結論を叩き出す。

(ハーマイオニーを探しに行く気だわ!)

二人は上手い具合にどんどん進んでいく。思うように進めないライジェルは焦りが募った。もしトロールに出くわしてしまったら危険なんてものじゃない。二人が死んでしまう。真っ青になりながら、何度も人にぶつかったり躓いたりしてライジェルは二人を追う。早く追い付かないと───
二人が角を曲がったちょうどそのとき、誰かに腕をとられライジェルの歩みが止まった。

「!」

苛立ちを滲ませ振り返ると、ハッフルパフの男子生徒がライジェルを捕まえている。その手を振り払わんと力を込めるも、しっかりと押さえられてしまっていた。

「、離して!」
「何処に行くつもりなの」
「ハリーが、私、行かなきゃ!お願い離して!」

半泣きで懇願するも彼は腕を離そうとせず、それが益々ライジェルの気を急かした。ハリーが、ハリーがと髪を振り乱して抵抗する。錯乱していた。
彼は少女を宥めるように腕を引き抱き寄せ、背を撫でながら耳元で「落ち着いて」と呟く。

「っ……私、」
「……行こう、まだ追い付ける」
「え、ちょ!」

男子生徒が突然腕を引いたので、ライジェルはたたらを踏んだ。ハリーとロンが行ったほうでも、ハッフルパフの一団が向かっているほうでもない方向へ彼はどんどん進んでいく。
引き摺られるように連れていかれるライジェルは何度も後ろを振り返った。

「待って、ねぇ、ねぇってば!」
「先生たちを追い掛けよう。今のうちに言葉を纏めておいて」
「!」

ライジェルはハッと息を飲む。
もう一度だけ後ろを振り返ると、逆に彼を引き摺りそうな勢いで足を早めた。

「走りましょう」

彼はちょっと驚いたような顔を見せ、すぐに柔らかな笑みを浮かべライジェルに合わせて走り出す。

「おかげで頭が冷えたわ」
「持ち直すのが早くて驚いた。あんなに切羽詰まってたのに」
「貴方が冷静だから落ち着けたのよ。すごい判断力ね。私はライジェル。貴方は?」
「セドリック・ディゴリー。ハッフルパフの三年生だ」
「あら、」

飛ぶように階段を駆け降りるライジェルは、ついさっきまでの焦燥が嘘のように落ち着いている。セドリックの顔を横目で見ると笑みを浮かべた。

「貴方に助けてもらったのはこれで二度目だわ。汽車で荷物を乗せるの手伝ってくれたでしょ」
「覚えてたんだ?」
「もちろん!ありがとう、セドリック」
「どういたしまして」

廊下の先に教師たちの姿を見つけると、ライジェルは声を張り上げ寮監の名を叫んだ。ぎょっとして振り向いたマクゴナガル教授が駆け足で此方に来る。

「ブラック!何故此処に──生徒は寮に戻るようにと──」

マクゴナガル教授の言葉を遮り、ライジェルは事の次第を説明する。

「ハリーとロンと揉めたハーマイオニーが午後から行方知らずで、責任を感じた二人が彼女を探しに行ってしまいました」
「何ですって!」
「ハーマイオニーの居場所はわからないけどハリーなら見つけられます。案内します、先生!」

ライジェルは胸元から青い石のペンダントを取り出し意識を集中させる。ほの青い光りが細い線のように何処かへと伸びていき、ライジェルは「彼方です」とマクゴナガル教授を促した。

「一人で追い掛けずよく報告に来てくれました。貴女の冷静な判断を讃えます」
「その言葉は彼にあげてください。一人で行こうとした私を此処まで連れてきてくれたのは彼です」
「ディゴリー、よくやってくれました。貴方は日頃から優秀な生徒ですが、こんなにもその優秀さに感謝したことはありません」
「いえ、僕は彼女をちょっと宥めただけです。あとは全て彼女が自分で動きました」
「わかりました、ええ、ではグリフィンドールとハッフルパフにそれぞれ5点ずつ差し上げます」

光の繋がる先を目指して走りながら、ライジェルはふと視線を感じて横を向いた。セドリックが淡い笑みを浮かべながらこちらを見ていたので、きょとんと首を傾げる。

「君の噂はよく聞くけど、友達のためにあんなに必死になる子のどこが冷たいって言うんだろう」
「……ハリーは特別なんだもん」
「いいや、彼がいなくてもきっと君は友達を助けようと髪をぐしゃぐしゃにして走り回ったよ」

ぱっと黒髪を押さえて顔を赤くしたライジェルは「そ、そんなに酷い?」と恥じるように呟く。セドリックは絡まった髪を梳くように撫で首を振った。

「ちょっと髪が乱れてるくらいじゃ、君の容姿は霞まないよ」
「まあ、口が上手いのね」
「え?」
「えっ」
「ディゴリー、私の寮の生徒を私の前で口説くのはおよしなさい。減点しますよ」
「あ、え、いや、そんなつもりじゃなくて…!」
「天然ってタチ悪いわよねー」
「ブラック…!」
「ファーストネームでよくってよ。にしても、事情も聞かず助けてくれるなんて流石ハッフルパフ生ね。見た目だけじゃなくて中身もいい男みたい」
「ブラックも反撃しなくてよろしい。緊急事態なのですよ」

セドリックの恨めしげな視線にライジェルが笑い声をあげた次の瞬間、けたたましい破壊音が響き、和んでいた空気が一瞬で張り詰めた糸のように研ぎ澄まされた。マクゴナガル教授は杖を出し警戒を滲ませる。二人もそれに倣った。
いくつか角を曲がり廊下を進むにつれ、トロールの低い唸り声や何かが割れる音が大きくなっていく。光の指し示す先は、女子トイレだ。
マクゴナガル教授は少し出前で立ち止まると、二人を振り返り待機を命じた。念のためにと盾の呪文も施し、女子トイレに向かっていく。
残された二人は緊張を崩さず、その背を見送る。
マクゴナガル教授が女子トイレに入ってすぐ、スネイプ教授とクィレル教授が廊下のむこうからやってきた。スネイプは二人に気づくと何事か言おうと口を開いたが、結局何も言わず女子トイレへ向かった。

「何かしら今の」
「ここぞとばかりに何か言おうとしたけど、マクゴナガル先生の魔法がかかっているのに気づいて黙ったんだろう」
「………貴方スネイプ嫌いなの?」
「嫌いというほどじゃないけど、好きではないかな」
「驚いた。博愛主義者みたいな顔してるのに」

セドリックは苦笑して否定した。
教師が三人もいる安心感から、二人はすっかり緊張の糸をときゆるやかな呼吸で壁に凭れる。いくつか会話をしていると、とぼとぼとした足取りで女子生徒が歩いてきた。

「はぁいハーマイオニー、無事で何より」
「ライジェル…………」

ハーマイオニーは一瞬ちらりとセドリックを見たが、すぐにライジェルに視線を戻した。

「そんなこの世の終わりみたいな顔して。失望しましたとでも言われたのかしら?」
「そこまでは言われていないわ……」
「なら気をつけて帰ることね。減点なんてね、貴女ならすぐ帳消しに出来るんだから」

ライジェルが促すと、ハーマイオニーは先程より多少しっかりとした足取りで帰っていった。大した慰めにもならなかったな、とライジェルは肩を竦めたが、セドリックが宥めるように頭を撫でてきたので照れ臭そうに彼の小脇を肘で突いた。
ハーマイオニーが去って間も無く、ロンとハリーが歩いてきたので二人はピタリとじゃれあいをやめたのだが、早足で歩くハリー達は先を急ぐのに集中しているのか二人に気づくことなく素通りしていく。
俯き加減でどんどん進んでいく背を見送ると、やれやれといった具合にライジェルは溜め息を漏らした。

「もう、人の心配も知らないで…」
「怪我が無さそうで良かったじゃないか」
「そうね。改めてありがと、セドリック!」

差し出された手を握り返し、セドリックは言葉なく微笑む。あまり口数の多い人ではないらしい、とライジェルは思った。けれど、かなりのお人好しだ。
良い友人が出来そうだ──とライジェルも微笑みで以て返した。



「ところで私たちいつまでここに居ればいいと思う?」
「消灯時間までに帰れるといいね」


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