我が臈たし悪の華

□8
1ページ/1ページ




ハリーは隣を歩く少女に感心せずにはいられなかった。
自分は廊下に出るたびつきまとう沢山の視線に辟易していたのに、ライジェルときたら平気な顔で堂々とその中を歩くのだ。全く気にした素振りもない。むしろ、彼らなど視界に入っていないといった様子だ。

「ハロー、ブラック。いったいどうやってアズカバンから逃げてきたの?」
「格子の感覚が大きすぎるものだから小さい私は間を通って出られたのよ」

皮肉を言われても余裕の態度で冗談を返す。常に威風堂々と胸を張って歩く姿はハリーにとってはこの上ないお手本だった。
名家の出身だからか、闇祓い省で育てられたからなのか、ライジェルはとにかく何でも出来た。マクゴナガル教授の変身術の授業では、マッチ棒を針に変えただけでなくその針を華奢な指輪にしてみせ、教授に大いに点を貰っていたほどだ。
そんな才能溢れるブラック家の息女の隣にいると、ハリーは自然と肩の力を抜く事が出来た。
周囲の目線も気にならないし、わからないことがあればすぐに頼れる。"英雄"ハリー・ポッターが質問をしていても、相手がライジェルであれば煩わしいひそひそ声などしない。

そして、金曜日。
初めての魔法薬学の授業は、ただでさえ名の広まっているライジェルを更に有名にした。

嫌味ったらしい口上を述べたスネイプ教授が突然ハリーの名を呼んだと思うと、薬の調合の問題を出した。当然ハリーに答えられるわけがなく、「わかりません」と言おうと息を吸うと、隣でカタリと音が鳴る。
見れば、ライジェルが薄ら笑いを浮かべて立ち上がっていた。

「生ける屍の水薬」

スネイプの質問の答えだ──と察し、ハリーはライジェルに向かってちょっと笑った。ウインクが返ってくる。

「君には聞いていない。座っていたまえ…」
「この魔法薬は六年生の教材でしたね。入学したての一年生、それもつい先日までマグル界で生活してた彼が答えられないと見越しての質問ですか?せこいやり方ね。ハリーを晒し者にして楽しいですか?横から私に正解を答えられてどんな気持ち?」
「グリフィンドール減点2点」
「好きなだけどうぞ。他の授業であなたが減点した倍の点数を稼ぎますから」

ぎらりとスネイプを見返す眼光に、ハリーは息を飲んだ。今のライジェルは、ロンから教えられたブラック家のイメージにぴったり当てはまる。

「ハリーに何か恨みでも?いやまさか。彼に恨みを持つなんて例の人の手下くらいですものね、教授!で、まだその嫌味ったらしい質問を続ける気ですか?」
「ならば代わりに君が答えたまえミス・ブラック。余程自信があるとお見受けする。女生徒の影にかくれて震えておくことだ、ポッター」
「ハリー、ノートの準備はよろしくて?」

スネイプの言葉にカッとなりかけたハリーだが、ライジェルに羽ペンを差し出されるとしゅるりと怒りがおさまり、冷静な思考を取り戻すことが出来た。

「ベゾアール石を探せと言われたらどこを探すかね?」
「牧場かしら。山で山羊を探すより一頭買う方が早いわ」
「モンクスフードとウルフスベーンの違いはなんだね?」
「名前が違うだけで同じ植物」
「ほう。立派な家柄なだけはありますな、ミス・ブラック。親戚一同から丁寧な教育を受けたようだ」
「ええアズカバンの獄中から懇切丁寧に指導してくださったわ」

スネイプがライジェルに嫌味を言うが、余裕綽々といった様子で彼女は腕を組んだ。
そして仕返しとばかりに高圧的な声で言う。

「ポッターとブラックが揃ってグリフィンドール寮にいる状況にトラウマでもあるんですか?スニベルス先生。」

ぴたりとスネイプが静止する。

「何処まで知っている……」

どんよりと暗い色を宿した瞳が苛烈に輝きライジェルを射抜く。目線だけで人を殺せるなら、きっとライジェルは重傷を負っていたことだろう。
冷ややかな視線はスリザリン生でも思わず黙る程恐ろしく、殆どの生徒が青ざめた顔で成り行きをただ見ているしか出来なかった。
それでもライジェルは怯んだ様子を欠片も見せず、無邪気を装って笑うと

「教科書に載ってることくらいしか知りません」

と返し悠々と腰をおろした。
スネイプはしばらくじっとライジェルを見ていたが、やがて何事も無かったように授業を再開した。
クレイジー、とハリーが呟くと、彼女は小さく声をあげ笑う。
けろっとしているが、入学したばかりの一年生が見るからに逆らってはいけないオーラを纏う先生に暴言を吐くなどとんでもないことだ。よっぽど肝が据わっているか、さもなくばただの馬鹿である。無論、ハリーはライジェルは前者だと信じているが。
その後も魔法薬学の授業はハリーにとっては最悪のものであったが、理不尽に減点されてもどうにか落ち着いていられた。果敢にスネイプに食って掛かったライジェルの姿がハリーの気をしっかりと支えてくれた。ロンがたしなめて
くれたお陰で必要以上の減点は免れたのだし、と少しだけ前向きになる。
ライジェルはといえばあっという間に魔法薬を完成させて澄まし顔をしていた。彼女とペアを組んでいたのはハーマイオニーで、ひとつも苦戦せず鮮やかな手つきで課題をこなす姿は思わず敬服する程だ。
ハーマイオニーはライジェルの聡明さを気に入ったようで、彼女の放課後をちゃっかりキープした。ハリーが「ハグリットのところに行くんだけど、一緒にどう?」と言ったときには時既に遅く、思わず苦い顔になった。

「今度は連れていってね」
「うん、必ず」

ハーマイオニーに連れられていくライジェルの後ろ姿を眺め、ハリーは彼女の底知れなさを思う。
そういえば、ハリーを庇ってくれたとき、ライジェルはどうスネイプを挑発したのだったか。先生に楯突いたという事実に夢中で、内容まではよく聞いていなかったなと思いながら、ハリーはロンと連れ立って地下牢を後にした。




.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ