我が臈たし悪の華

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ハグリットに先導されボートに乗り込む際、人の波に飲まれたライジェルはハリーとロンと離れ離れになってしまった。ライジェルの手を握っていれば良かった、とハリーは眉を下げる。ロンが後ろに続くボートを見ているが、彼女の姿はついに見つけられなかった。
大きな樫の木で出来た扉の前に着く頃になっても、黒髪の美貌の少女は見つからない。後で合流しよう、と耳打ちしあい、ハリーとロンは緊張の波に飲まれていった。


一方ライジェルはと言うと、マクゴナガル教授に引率され空き部屋に案内されても、説明を受けても、ゴーストが登場してさえも、眉ひとつ動かさず平然としていた。
あまりにも涼しい顔をしていたので、隣にいた褐色肌の男の子に「君とても落ち着いてるね」と苦笑いされた程だ。
ライジェルも勿論此処へ訪れたのは初めてなので物珍しさはあったが、これから待ち受けるものへの不安は少しもない。
──天地が引っくり返るほどのことでも無し。
ポケットから華奢なコンパクトを取り出して手櫛で軽く髪を整え、マクゴナガル教授が戻ってきても余裕の表情だった。ライジェルがまったく動じていなかったため、その態度につられ彼女の周りは他に比べてずいぶん落ち着いていた。

教授に引率され大広間へ足を踏み入れた一年生たちは、誰もみな、きらきらひかる光景に目を輝かせ、上級生からの視線に身を縮こまらせた。
ライジェルは星空を模した天井を見上げ、ほぅ、と感嘆の息を漏らす。秋の空だろうと思ったら、星座がめちゃくちゃだ。アンドロメダ座は見つからないのに、ペガススは見てとれる。その横には、どういうわけかオリオン座があって、赤い星を辿ると今度はしし座を見つけた。そのすぐ横に一等眩い星が輝いている。おおいぬ座だ。

(なんて無法地帯な夜空……)

そう思いながらも、ライジェルは天井の夜空を夢中になってなぞった。組分け帽子が歌うのも、拍手喝采も、ライジェルにとってはただのBGMだった。
ようやくハッとして星空から目を離したときには、もう羊皮紙を広げたマクゴナガル教授が前に出ていた。

「アボット、ハンナ!」

名前はABC順に呼ばれる。
ライジェルは人波を掻き分け前のほうへとにじり出た。ふと視線を巡らせると、緊張しているのか、かちこちに固まっているハリーがいた。ライジェルには気がついていないようだ。
ハリーの隣にいたロンとは目が合った。その目に宿る疑念を敏感に察知したライジェルは眉を下げて笑った。仲良くしてくれてありがとう。私が誰であっても。

ハンナ・アボットがハッフルパフに組分けられ、羊皮紙から顔を上げたマクゴナガル教授は、ほんの少しだけ眉を寄せている。
次の生徒の名前が呼ばれないことを不審に思った広間がにわかにざわつき、その喧騒を打ち消すように教授は羊皮紙を掲げ息を吸い込んだ。そしてその忌まわしき名を。



「──ブラック…、ライジェル」



呼んだ。
ざわめきが急速に止み、やがてより大きな波となって戻ってくる。
四つのテーブルはどこも等しく騒がしく、新入生でさえハッと息を飲んで互いに顔を見合せた。
椅子に向かう生徒を見ようと誰もが視線を其処に向ける。
その漣を切り裂くように、闇を軽く纏った少女が大衆の眼前に躍り出た。

ライジェルの心は不思議なほどに凪いでおり、涼やかな水面にも似た静けさが胸の中を満たしていた。
背後の群衆の何処かで、ハリーがその背中を見ているだろう。そう思うと、笑みが零れる。ハリーが何を思い、どう受け止めるかはわからない。だからこそ微笑むのだ。信じる以外ないのだから、信じればいい。

開けた視界の先で、厳格そうな魔女が眉をしかめている。きっと彼女はずっと前からライジェルのことを知っていただろうし、今日この場でその名を呼ぶことも知っていただろう。覚悟は、とうに済んでいるはず。
それでも心の針が揺らいでしまうのは、きっと、彼女の想像よりも遥かに似ていたからだ。
毅然と背を伸ばし胸を張り、大衆に存在を曝け出したその矜持が。
恐れの影に侵されることのない瞳。威風堂々と笑みを携え、歩む姿。
風に鳴る黒檀の髪。真雪の肌。フロスティ・グレイの凍てつく瞳。
あまりにも良く──


「問おう!」


魔女が感傷に揺らいだ瞬間、少女の声が突き刺さる。その声に引き寄せられ、彼女はとうとう少女の存在を正面から見てとってしまった。
彼を。
彼らを。
かつての教え子を、手を焼きながらも間違いなく自身の誇りだったあの子を、どうあっても思い出させてしまう、同じ名を継ぐ少女を。

その問いかけの続きを、ミネルバ・マクゴナガルは今も良く覚えている。

「あなたは、我が悪しき名とこの黒き血に従い私を選定するか?」

もう随分と昔、同じ場所で同じように、胸を打つほど晴れ晴れと掲げられたプライド。
ざわめきは成りを潜め、しんと音の無くなったこの大広間の全てが、ブラックの一挙一動を見守っていた。

「それとも、私の魂に未来を賭けるか?」

マクゴナガル教授は、手にしていた組分け帽子を少女へ渡した。最早、組分けは済んでいる。

「──良かろう」

組分け帽子が低い声で言う。多分に追憶を孕んだ柔らかな響き。
ライジェルはその帽子をかぶると、四つのテーブルに向き直り、快活な微笑を見せつけた。



「グリフィンドール!!!」



斯くして──ライジェル・アルテミシア・ブラックは、騎士道の誉れ高き勇猛果敢なグリフィンドール寮に組分けられた。広間の喧騒はより大きくなり、驚愕、歓喜、疑念、恐怖──数多の感情が渦を巻いている。
自らの身体に流れる血の濃さを改めて感じたライジェルは、その数え切れない思念を一笑に伏し悠々と振る舞ってみせた。
組分け帽子を教授の手へと返す一瞬、厳格な魔女が目を細め何事か口走る。
黒き少女はその言葉に頑是ない笑みを返し、赤のテーブルへと、一歩ずつ進んでいった。









「悪戯は程々にするように、ミス・ブラック。」






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