我が臈たし悪の華

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ハリーの興味がすっかり車内販売に向いたのを見て、ライジェルは肩を竦めた。
安心したような、単純さにちょっと笑っているような、曖昧な表情だった。
やがて両手いっぱいのお菓子を抱えて戻ってきたハリーを目の当たりにすると、ロンと顔を見合わせてお菓子の山を見回した。

「お腹すいたの?」
「ペコペコだよ」
「買いすぎじゃない?」
「珍しくてつい」

ハリーがかぼちゃパイにかぶりつくのを見ていたロンは、やがてデコボコの包みを取り出した。先程言っていたサンドイッチが入っているのだろう。
ロンがその包みを開けるのを見ていたライジェルは、思い付いたと言わんばかりに尋ねた。

「ねぇハリー、それだけあったら、ロンに分けたって足りるわよね」
「うん」
「ねぇロン、ハリーはこう言ってるんだけど、そのサンドイッチを私にくれる気はない?」
「えっ、でも、これ、パサパサでおいしくないよ。…、ママは時間がないんだ、五人も子供がいるんだもの」
「いいから。ね、ハリー」
「ロン、これ食べて」
「ライジェル、もし君が僕を哀れに思って言ってるなら、怒るよ」
「違うわよ。食べてみたいの。そういうの、食べたことないから」
「自分ちは金持ちだからこんな粗末なものは食べたことないって?」

ハリーは、ロンが刺々しく言うのを宥めようとしたが、かぼちゃパイを飲み込むよりはやくライジェルが返事をした。

「どうしてそういうこと言うのかしら。私はね、羨ましいのよ。ママが朝早起きをして作ってくれたサンドイッチがね。私には絶対に手に入れられないものだもの…言ったでしょ、食べたことないって」
「…おいしくないよ?」
「そんなことないわよ。何が入ってるの?」
「コンビーフだ。ママったら僕がコンビーフ嫌いだって言ってるのに、いっつも忘れちゃうんだよ」
「好き嫌いするなってことよ。いただきます」
「ライジェル、僕もひとつもらっていい?」
「ロン、いい?」
「いいけど…、……君たちって物好きだ」
「僕も、僕のために誰かが何か作ってくれるなんてなかったからさ」

結局、四切れ入っていたサンドイッチは、ライジェルがふたつ、ロンとハリーが一つずつ食べてすっかり無くなった。
「お母さんの手作りって感じ」という二人の感想にロンは顔を赤くし、大鍋ケーキを口の中いっぱいに入れてそれを隠そうとした。

「私、誰かとこうやっておしゃべりしながら食事をするの初めて……」
「僕もだよ」
「うちはいつももっとやかましいんだぜ」

三人は声をあげて笑った。
ハリーとロンが蛙チョコや百味ビーンズで盛り上がる傍ら、ライジェルは二人よりずっとゆっくりしたペースで、半分だけの大鍋ケーキを咀嚼する。
ハリーに差し出された百味ビーンズをかじるとショートケーキの味がして、ライジェルは満面の笑みになった。

車窓に鬱蒼とした暗緑色の丘が広がりはじめた頃、ライジェルは通路に出ると言い出した。
もうじき到着なので着替えましょうと言われては、二人にそれを止める理由はなかった。
ホグワーツの制服に身を包みながら、ローブの裾の長さだとか、ネクタイが曲がっているだとか言い合っていると、突然扉が開いてライジェルが顔を覗かせた。後ろには丸顔の男の子がいる。ヒキガエルを探しているとのことだった。話を引き継ぎながら二人は通路に出て、代わりにライジェルがコンパートメントに入った。
黒い上品なワンピースはライジェルにとても似合っていたので、見られなくなるのはちょっと残念だなとハリーは思った。
そんなハリーの考えなど一切知らないライジェルは、コンパートメントの中でまったく躊躇なくワンピースを脱いだ。
トランクの中から真新しい制服を取り出して、丁寧に着ていく。
スカートの丈の長さは、マダム・マルキンが熟練者の目でライジェルに一番似合うように仕立ててくれた。
スラッと伸びた足は黒いタイツで覆われていて、それだけが唯一、着替える前と後で共通していた。
長い髪をまとめようか少し迷ったが、結局そのままにすることに決めてライジェルはコンパートメントの扉を開けた。
通路に出ていた二人は、何故か疲れた顔をしている。

「どうしたの?」
「いや…ちょっとね」
「凄い子に絡まれちゃったんだ。君、教科書全部暗記してる?」
「まさか。そんな非効率的なことしないわ」

席に座り、ようやく人心地ついたという二人をきょとりと見比べる。
廊下を通った新入生に、教科書を丸暗記した子でもいたのだろう。見るからに勉強が嫌いそうな二人には苦行に思えたのだろうと結論づけて、ライジェルは肩を竦めた。

(熱心だこと……きっとマグルね。そんなに勤勉だと、寮はレイブンクローかしら…)

「ねぇ、ライジェルはどの寮に入りたいの?」
「え?」
「僕らさっき、寮の話をしてたんだ。ロンの家はみんなグリフィンドールなんだって」

寮、と鸚鵡返しに呟いて、ライジェルはじっとハリーの目を見た。……その意図を手繰るように。
少しの間そうしていたライジェルはにこりと笑みを見せ、「ハリーと同じところがいいな」と答えた。

「あなたはきっとグリフィンドールだわ、ハリー。あなたのご両親も、お祖父様も、グリフィンドールだったもの」
「そうなの?父さんと母さんが?」
「ええそうよ。だからあなたもきっとグリフィンドールだわ」

ちら、とロンのほうを見ると、彼ははっとしたように目を輝かせた。ライジェルはそ知らぬ顔で肩をすくめ、両親に思いを馳せるハリーを微笑ましげに見る。
クィディッチの話を始めたロンに時々口を挟みながら、ハリーの翡翠の瞳を見ていた。

(…この血が必ず導いてくれるはず。ハリーの、そばへ。)

不意にライジェルはハリーから目を離し、扉を見た。向こう側に気配を感じたのだが、訝しむより早く扉が開かれた。
入ってきた三人の少年を見るなり、ライジェルは眉をひそめる。

「ほんとかい?このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話で持ちきりなんだけど。」

気取ったような態度で話す金髪の少年を見ているうちに、ライジェルの灰色の瞳は爛々と冷たさを増す。ハリーもロンも、目の前の少年──ドラコ・マルフォイに意識を向けていて、ライジェルの表情を見てはいなかった。
家柄がどうのと嘯く声を冷めた目をしながら聞いているライジェルは、じっと自分のてのひらを見つめる。

「もう少し礼儀を心得ないと、君の両親と同じ道を辿ることになるぞ。…」

二人の神経を逆撫でするようにべらべらと挑発を重ねるドラコは、俯いて顔の見えない少女をちらりと見ながら、言葉を更に重ねた。二人をやり込めたら、次はこの少女をからかってやろうと算段をつけながら。
ドラコに挑発されたロンとハリーは立ち上がり、今すぐにでも彼に飛び付きそうな顔をしている。

「へぇ、僕たちとやろうってのかい?」

それに言葉を返そうとハリーが口を開いたそのとき、冷たい何かがハリーの手に触れた。驚いてそちらを見ると真っ白な手がハリーとロンの手を引いている。俯いたままのライジェルの表情は窺えず、二人は戸惑ったように目配せした。

「おやめなさい、二人とも」

ライジェルは立ち上がり、二人をコンパートメントの奥へ追いやるように引っ張った。そうしてドラコ達の前に立ち、その端正な顔を初めて彼らに晒す。
誰かが息を飲んだ。

「私の前であまり調子に乗らないでくださる?」

さらさらの黒髪を手で払いながら、ライジェルは毅然と言い放つ。頬を引き攣らせたドラコが「なんだ、お前は」と、まだ高慢さを滲ませた声で返した。
男の子三人を相手にしているにも関わらずまったく怯んでいないライジェルの様子に、二人は大人しく成り行きを見守った。自分たちでさえ内心は少し怖がっていたのに、ライジェルは平然としている。

「ねーぇ、ドラコ・マルフォイ。あなた、ご自慢の父上に言われているのではなくて?………─────」

ドラコに歩み寄ったライジェルは、彼の胸ぐらを掴むと耳元で何事か囁いたようだった。ハリーとロンにはその言葉は届かない。次の瞬間、血相を変えたドラコは目を丸くしてライジェルを隅々まで見た。ふん、と彼女が鼻で笑う。途端に蒼白になってコンパートメントを去っていったドラコとお付きの二人を目の端で見送って、ライジェルはピシャリと扉を閉めた。
ハリーとロンは顔を見合わせる。

「君……あいつに何言ったの…?」
「大したことじゃないわ」
「いや…追い払ったんだから大したことを言ったに違いないよ…」
「ちょっと脅かしてやっただけよ!」

ライジェルは得意気に笑った。
お菓子の山に埋まっていたロンのネズミがごそごそと這い出て、じっとライジェルを見上げたかと思うと、何事もなかったようにぱたりと眠り始める。
ハリーがドラコとの出会いを語るとライジェルは鼻で笑い、ロンが暗い顔でマルフォイ家のことを話すと、やっぱり笑って一蹴した。途中、ハーマイオニー・グレンジャーが顔を覗かせたが、三人が着替えを終えて談笑している様子を見ると、納得したように頷き「もう間もなく着くそうよ」とだけ告げ足早に去っていった。

アナウンスの声が響く。ごくりと喉を鳴らした二人が慌てて残ったお菓子をポケットに詰め込むのを微笑ましげに見ていたライジェルは、そっと左耳のピアスに触れる。ガーネットがきらりと緋色に光るシンプルなピアスだ。


「行きましょうか」


扉の向こうは人で溢れかえっている。
魔法学校は、もう、目の前だ。






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