我が臈たし悪の華

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9と3/4線のホームにどうにか辿り着いたハリーはしばらくその景色に見入っていたのだが、ハッとして左右に視線を巡らせた。
プラットホームは人でごった返していて、ここから小柄な少女を見つけ出すのは不可能なように思えた。何号車のあたりで、などと指定しておけばよかったなと今更になって後悔する。
とにもかくにも、もう出発まであまり時間がないのでハリーは空いている座席を探さなければならなかった。
先頭のほうの車両はもう満席のようでハリーは後部座席のほうへ歩いていったが、不意に胸の真ん中に熱を感じて立ち止まる。なんだろう、と首を傾げるも、肌や服が熱くなっているということはないようだった。

「ハリー!!」

再び歩き出そうとしたとき、高い声が聞こえてきたのでハリーはパッと荷物から手を離した。

(左…いや、後ろ…)

呼吸の間にくるりと振り返る。

「やあライジェル」
「きゃあっ!」

ハリーはライジェルが飛び込んでくるタイミングを見計らい、自分より背の低い体をしっかりと両腕でキャッチした。
悪戯が成功したようににやりと笑う。

「同じ手は食らわないよ」
「まぁ、別にあなたを驚かせようとしてやってるんじゃないわ!」
「でも会えてよかった。君を見つけられる自信が無くて、諦めて空いている席を探してたんだ」

ハリーは父親の写真を譲ってくれたライジェルにすっかり心を許していた。
ダイアゴン横丁に行った日から今日までダーズリー家で耐えられたのも、おじさんに車を出してほしいと伝える勇気がすぐに湧いたのも、ライジェルがくれたジェームズの写真のおかげだと思っている。

「そうだろうと思ったわ。先頭のほうは上級生たちでいっぱいだったから席を探してこっちに向かってくるんじゃないかと思って、このあたりで待ち構えてたの。危うく見逃すところだったけどね」
「ここを通る人を全部チェックしてたの?すごい集中力と視力だ」
「んふふ、鷹の目と呼んでくれてもいいわよ!」
「荷物は?」
「もう置いてきちゃった。最後尾のほうだけど空いてるコンパートメントがあったから。ちょっと歩くけどいい?」
「もちろん」

ライジェルに連れられていった先は本当に最後尾に近いコンパートメントだったが、そこに辿り着くまで空いている座席はひとつも無いようだった。
二人は教科書に書かれていた呪文などの話をしながら歩いていたが、時折どちらかが人の波に飲まれて何度かはぐれそうになりながらようやくライジェルが席を取った車両まで到着した。

「ヘドウィグを先に客室に連れていってくれる?」
「この子、ヘドウィグって言うのね。わかったわ、急いで戻ってくるから」

階段を駆け上がっていく背中を見送って、ハリーは重いトランクを押し上げようとしたが、びくともしない。
二度ほど足の上にトランクが落ちてきて痛い目に合い、ライジェルが戻ってくるのを大人しく待とうと思う頃にはびっしょりと汗をかいていた。

「手伝おうか?」

問い掛けられた言葉に顔を上げると、さっき、ハリーの前に改札口を通過していった赤毛の双子のどちらかだった。

「うん、おねがい、」
「おい、フレッド!こっちきて手伝えよ」

彼が片割れを呼んでくれている隙に「あら?」とライジェルが降りてきた。

「まさか一人で運び込む気だったの?」
「いけると思ってたんだ…君、どうやって荷物を押し上げたの?」
「通りがかった先輩方がやってくれたわ。同席しないかって言われたけど、ハリーと約束してたから断ったの。一人すごく美形がいたんだけどね」

顔面格差社会という言葉が頭をちらついたが、ハリーは苦笑いで誤魔化した。美少女とはこういうものである。

「ガールフレンド?」

双子がからかうように尋ねてきたので慌てて否定しようとしたハリーだが、それよりも早く「おねえちゃんよ!」とライジェルが言った。

「にしては全然」
「似てないなぁ」
「再従兄弟なんだ」

「「なるほどね」」

察したように肩をすくめた双子のおかげでハリーのトランクはようやく客室の隅に収まった。

「ありがとう」

汗でびっしょりになった髪をかきあげながらハリーが言うと、ハッと誰かが息をのんだ。

「それ、なんだい?」
「驚いたな、君は……?」
「例の子だ。君、ちがうかい?」
「…なにが?」

「「ハリー・ポッターさ」」

双子が口を揃えて言うので、ハリーはちらりとライジェルのほうを見たが、彼女はとても冷めた眼差しでそれを眺めているだけで何の反応もしない。

「ああ、そのこと。うん、そうだよ。僕、ハリー・ポッターだ。」

双子がぽかんとした表情でハリーをじっと見つめていると、突然苛立ったようにライジェルが立ち上がって三人の間に割って入った。

「見世物じゃないのよ。不躾な視線はやめてくださる?」

ちょうどそのとき、開け放たれた汽車の窓から声が入り込んできて、その声に呼ばれるまま双子はコンパートメントを出ていった。
ライジェルのぴりぴりした態度に驚いたハリーだったが、ひとまず窓際の席を選んで腰を落ち着けた。そこからだと、半分隠れながらプラットホームの様子が窺える。

「なぁに、気になるの?」
「うん…ちょっとね…」

外の様子を見ているハリーを尻目に、ライジェルは興味がないといった顔で一冊の本を開いた。
くすんだ青い表紙には『鬼帝の剣 アルテミシア・ペンドラゴン』と記されている。
列車が出発し、ハリーが窓の外を眺めるのをやめるまでライジェルはその本を読み耽っていた。

『──よく食べて、よく遊んで、よく学んで、よく寝て。輝かしい時間をお過ごしなさい。どんな言葉にも、どんな態度にも屈せず、堂々と君臨しなさい。』






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