我が臈たし悪の華

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軽やかに進めていた歩みを突然ぴたりと止めたライジェルは、人混みの中をくるりと振り返り、もう見えないハリー達の姿を思い描いた。
まさかホグワーツの関係者と一緒にダイアゴン横丁に来ていたとは、やはりガードが固い。

「ハリー・ポッター………」

しばらくそうしていたライジェルは肩を竦めると何事もなかったようにまた歩き始めた。向かう先はオリバンダー老人の店だ。
杖のことはオリバンダーに全て委ねるようにと言い含められている。
古ぼけた店をようやく見つけたライジェルは躊躇わずにその中へと入っていった。

「ごめんください」

古いにおいがする、と一瞬眉をひそめたライジェルだが、すぐに平然としたふうを装う。
天井に届くほど積み上げられた箱の山のひとつひとつから細い魔力が伝わってきていた。静かな水面にも似た、整然とした魔力が店内を満たしている。
ライジェルは魔力の気配にとても敏感な血筋の娘だったので、この場所に何かしらの魔法がかかっていることを即座に察しピンと神経を尖らせた。

「これは驚いた………いらっしゃいませ、いらっしゃいませお嬢さん」

いつの間にか現れた老人が薄い色の目をぱちぱちとさせていて、ライジェルはちょっとだけ肩を跳ねさせる。

「おお…まさかまたお目にかかる日が来るとは。美しい、なんと美しい魔力じゃ」
「こんにちは、オリバンダー翁。私のことがわかるの?」
「わかりますとも、その芸術品のような美しい魔力はある血族しか持ち得ない素晴らしいもの。あれはもう、何十年前になりますかな…あの子が最後だと思っておりましたが……」
「あの人を最後にしないために生まれたのが私なんですもの。杖、よろしくて?」
「ああ喜んで。その血に惹かれる杖は多い……この店の杖はある一定の厳選された素材から作られますが、お嬢さんならば、あるいは……杖腕はどちらで?」
「両利きの場合はどうすれば?」
「なんとまぁ!父君譲りの両利きじゃったか……では父君のときと同じように、どちらの腕も見せてもらいましょうかの」

ライジェルはまず右腕を差し出した。
銀色の目盛りのついた巻尺が次々に寸法を測っていくのを澄ました顔で眺めて、右腕から巻尺が離れたのを確認して今度は左腕を差し出して同じように巻尺を当てられた。

「ふむ、ふむ、左腕のほうが少しばかり上等なご様子。こちらはどうですかな。樫の木に一角獣のたてがみ、二十二センチ、振りやすい」

渡された杖をしげしげと眺めて、ライジェルはスッと横に振ってみたが、振り切らないうちにオリバンダー老人がその杖を取り上げてしまう。

「ああいかん。従順なだけではあなたには到底見合いませんな。それならばこれじゃ。柊にドラゴンの琴線、二十七センチ、気紛れ。」

受け取ると、先程よりも手に馴染むような気がした。
軽く振ってみたが、老人は「これでもない」とにこやかに言い放った。

「やはりあなたには一般的なものではいかん……扱いが困難を極め、気位が山のように高い、少し名があるばかりの魔法使いでは使いこなせないような粗悪品でなければ…。粗悪品と言いますがの、杖の性能に持ち主が追い付かぬという意味なのです。より杖に適した材質というものを、わしは心得ております……しかしたまには冒険もしてみたくなりましてな、そんな折にこしらえた"普段は使わない材質"の杖があるのじゃ……世界に三本しかない、とてつもなく珍しい兄弟杖の一本。あとの二本は、既に持ち主を見つけておる……イチイの木にグリフォンの羽根…三十センチ、やや重く、高貴。攻撃呪文と相性がいい……さあどうぞ」
「グリフォンですって…幻想種の中でも稀少に稀少を重ねたような生き物だわ。そんな貴重な杖を、私に?」

半信半疑になりながら、少しだけ重量を感じるその杖を受け取る。
杖を持った瞬間、ライジェルは指先が凍りつくような冷たさを覚えた。
その冷たさは急速に体を巡ったと思うと、一転して燃えているような熱さになる。
その熱さに背を押されるようにライジェルは思いきって杖を振ってみた。
すると杖の先から流星のように金色と銀色の光が踊り出し、螺旋を描くように天に昇っては、赤い火の粉を散らしながらスゥと消えていった。

「素晴らしい!やはりあなたがこの杖の持ち主じゃった!」
「やはり?」
「運命とは、そういうものじゃ。これが血の絆というもの……この気位の高い杖に選ばれるのは、あなたほど高潔な魔女でなければ………」
「ね、ねぇ翁!まさかこの杖の…」
「皆まで言ってはなりますまい、お嬢さん…言わぬが華というのもあれば、口にするのが辛いというのもある………さあさ、杖をこちらへ。お包みしましょうぞ」

老人のきらきらした目に見つめられては、ライジェルは黙って従うしか無かった。
オリバンダーの"冒険心"から作られた、普通ではない、杖。
茶色の紙に包まれた杖と引き換えに代金を支払い、靄がかかったような気分で杖を受け取る。

「……そうだわ。ねぇ翁、じきにここに私の弟が来るはずよ」
「弟?」
「もちろん本当の弟ではないわ。私にとっては弟のような存在なの。どうぞよろしくお願いしますね」
「はて、貴女にそのような者がいるとは………お名前はなんと言いますかな?」

その鬱蒼とした気分を払うように、意趣返しだと言わんばかりの笑顔を浮かべてライジェルは言った。




「ハリー。ハリー・ポッターよ、オリバンダー翁。それじゃ、素敵な杖をありがとう」








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