赤様

□ACT.2
1ページ/1ページ





ざくりと草の音を踏む音を聞き止めて肩が震えた。
小さく鳴り続ける電流の音は、もう少し先から聞こえてくる。
促すように襟を引かれ、微かに頷く。



「何してるの」



あまりにも素っ気ない一言に少しだけ相棒が顔をしかめる。人と話すのは、あまり得意じゃない。
振り返った瞳がゆっくりと丸くなるのを静かに見ていた。


「何、してるの?」


言葉を重ねれば、まるでその時初めてこちらが人であることに気がついたように視線がかち合う。

座り込んでいるその人の腕の中で、弱々しくガーディが鳴いた。


「…あ……」


微かに震えの見える腕は出来たばかりだと見受けられる火傷や血、煤でぐちゃぐちゃだ。
前を見れば、微かに雷を纏った見慣れたポケモン。


「ピカチュウ、行っておいで」

「ぴか!」


何をすべきかはわかるだろう?

なかなか声を出さない手負いの少女。傷ついたパートナー。
ゆっくりしゃがんで視線を合わせて、髪を撫でた。


「何してるの?」


三度目を問えば、強張る体から力が抜かれる。瞳に映り込んだ自分の能面に、少しだけ呆れた。

「いきなり…あの子に、攻撃されて…」

「うん」

「ガーディが…倒れちゃって…」

「うん」

「でも…まだ、攻撃して…」

「うん」

「ボールに戻すの、間に合わなくて…」

「うん」


とっさにパートナーを守ろうとした腕は、今も庇うようにガーディを抱いている。
ぐったりとしたガーディの瞳も色を失っていなかった。
爛々として、今にも牙を剥きそうな、手負いの獣の目だ。


「よく頑張ったね」


人の慰め方はわからないから、いつものように労い、いつものように撫でてあげた。
だけど彼女の目にはありありと安堵が込み上げてきて、遂には溢れる。
泣かせるつもりじゃあなかったんだけれど。


「ぴか!」

「うん」

「ぴっぴか、ちゅう」

「大丈夫。聞こえてた」


走り寄ってきた相棒が泣いている少女を心配そうに見上げて、膝に擦りより慰めるように鳴いた。


「…ありがと…」


自分より彼のほうがよっぽど慰め上手のようだ。


「あの子、」


躊躇いがちに近づいてくるのは、彼女達を襲ったピカチュウ。ちなみにメス。
それを察知して跳ね上がる体を宥めるように撫でる。


「大丈夫」


恐る恐る顔を上げた彼女を安心させる表情を作ってやれるほどの器用さも無いけれど。


「最近この子の仲間が連れ去られたんだって」

「なかま…」

「連れて行ったのは手持ちにガーディのいる女だって聞いていたらしい」

「!ちが、」

「うん。…わかってる」

「は、はい…」

「勘違いで攻撃してしまったことにこの子が気づいたのは、君がガーディを庇ったからだ」


うつむく視線を探るように、彼女は微かに前傾した。


「申し訳ないって言ってる」


ゆるゆると水膜を張るピカチュウを見た彼女は驚いた顔をした。さっきから驚いた顔と怯えた顔と泣いた顔しかしてない。
人のことを言えた義理じゃないけれど。


「ぴぃか…」


歩み寄ってきたピカチュウが傷だらけの腕を一舐めする。驚いたのか、傷が痛んだのか、小さく声をあげた彼女は次の行動に困っているようだ。
ピカチュウがくいくいと彼女のバッグを引っ張るのにも気づかない。窺うように見上げてきた瞳に答えて、彼女のバッグを開いた。
白と赤のボールをひとつ取り出して、ピカチュウに投げる。
赤い光が瞬いた。


「えっ…」


びっくりして振り返る彼女にボールを差し出したが、呆然としたまま固まってしまった。


「はい」

「……あの…」


促して受け取らせるが、彼女は何がおきたのかわからないようで説明を求めるような目をした。
相棒が嬉しそうに鳴く。


「その子は自分から望んでボールに入ったんだよ」

「望んで…?」

「君の手持ちになりたいんだって」

「!」


慌てたようにボールを解放した彼女は、恐る恐るピカチュウを撫でて小さく笑った。初めての笑顔だ。


「仲直り、…ね」

「ちゅう!」

「よろしくね」


満足そうにそれを眺める相棒に二、三回手を弾ませる。漸く立ち上がろうとした彼女に手を差し伸べると大層驚かれた。


「もう陽が落ちる。近くにセンターあるから。行くよ」

「は、はい…」

「ん」


お人好し気取りの行動は、僕と相棒しか知らない事実。
センターまで勝手に行かせてもいいのにね。気紛れは何をさせるかわからない。
腕から滴った赤に目が眩んだ。










────────
レッドさんの一人称に最後まで悩みました…



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ