短篇

□背中合わせ
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「馬鹿。女と『何か』だという意味だ。どうせ、捨てられた女が呼び寄せたか、それとも女の怨念にひかれてきたかのどちらかだろうさ。」
「最初からそう説明してくれよ…」
しれっとした顔で言う晴明に、博雅はすっかり呆れ顔である。
それを見た晴明は、
「ほぅ、なかなか余裕があるらしいな。」
と感心したように言うと、小さく笑って前を見る。
博雅がつられて前を見ると、鬼がおぉん、おぉん、と人の泣き声とも犬の遠吠えとも言えぬ、地に響くようなおぞましい声を上げ、狂ったように頭をかきむしっていた。
どす黒い血が頭からだらだらと垂れ、鬼が動くたびに辺りが赤く染まっていく。
その光景に、博雅の顔が一気に青ざめた。
「すまん、半分忘れていた…」
「大したものだよ。伊達に何年も俺の鬼退治に付き合うていないな。」
晴明はそう言うと、では早速と言わんばかりに袂から予め呪の書いてある符を取り出す。
それを見て博雅は目を丸くした。
「おい、やけに気が早くないか?そんないきなり…」
「いきなり?」
晴明は怪訝そうに眉を寄せる。
「お人好しも大概にしろよ、博雅。あれはいつもの『救える』ものではない。あの様子では、どうやら女のほうが犬にすっかり負けてしまっているらしい。言葉も通じぬのではどうしようもなかろう。ああいうものはさっさと始末をつけたほうが身のためなのだ。」
「しかし…せめて人として送ってやるのが情というものではないか?」
博雅は哀しげに目を伏せて言った。
この感性溢れる男には、耐えきれなかったらしい。
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