短篇

□はるやはる
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「ならば、お前がこの邸に通わなくなったら止めてやる。」
急に下からではなく目の前から同じ声がして、博雅は目を丸くする。
「…晴明。」
「可愛い猫だったろう?保憲様の所の沙門は黒いからな、対抗してみた。」
晴明は、ふふん、と楽しそうに鼻で笑った。
今日はいつもの狩衣の上に、単衣を二、三枚引っ掛けている。
「いくら寒くなってきたとはいえ、それはあんまりじゃないか。まだ初冬だぞ。今からそんな風でどうする。」
「残念ながら、俺はお前ほど活動的でないのでな。季節の変わり目には弱いのさ。」
博雅の説教じみた言葉にも、晴明は軽く笑うだけであった。
そんな晴明に、博雅はあれ、と思う。
「お前、妙に今日は静かじゃないか。」
「そうか?」
「そうだ。」
「ならばそうなんだろうな。」
晴明は肯定も否定もせず、柳のように受け流し、酒と共に用意された円座に、いつのまにかちゃっかりと座っていた。
博雅も怪訝そうな顔をしてはいるが、結局招かれるままに杯を受け取ってしまった。
「絶対におかしい。」
「まだ言っているのか、博雅。そんな顔をしていると酒が不味くなるぞ。」
晴明はそう言って、博雅の持つ杯に酒を注ぐ。
博雅は瓶子に添えられたか細い指先をじっと見ていたのだが、その内また不思議そうな、怪しむような顔になった。
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